Syber-Fantasy:第2話

ねたみであれなんであれ、あたしに関してなんかしら思ってくれて感情表現を示されたことにより、 あたしは自分自身の存在を確認出来た気がしたのだ。 あの頃のあたしはそんなことでしか自分の生きてるあかし、「ぬくもり」を感じることが出来なかった。

病んでいた。

仲良くしていた同僚達全員があたしのことをなんとも思っていないか、 それ以下かもしれないと被害妄想におちいった。 表面上の付き合いだけの生活を延々えんえんと続けるのが人生なのだろうか? 思ったり感じたり考えたりせずに自分という歯車を回し続けながら生きる、 それが人間なのだろうか?

あたしは違う!

そうはありたくない!

否定しながらも目の前のに立ちはだかる「あきらめ」に勝てる気がしなかった。

丁度そんな頃、宴会で知り合った他部署の男に覚醒剤を勧められた。

IDシステムによる規制緩和で誰でも購入できると云う話から詳しい購入方法やお店を何軒か教えてもらっていた。 煙草やお酒を買うのと要領は同じで、IDチップをスキャンするだけで自分の個人情報からその月に購入出来る残量が分かり、 あとは欲しい量を告げるだけで支払いまで済まされる。

あたしは自分から麻薬など買おうとは思わなかったが、 教えてもらったいくつかの取扱い店の中に、よく買い物に行くモールのかたわらの雑貨屋もあった。 通りすがりに気になっていた妙な雰囲気の店だった。 ガラス細工の変な形をした物が沢山ショーウィンドーに並べられていて奥の方はよく見えない。 アクセサリーやオブジェがあるのだろうと想像していた。

その妙な雰囲気の店で麻薬を取り扱っていると云うのは全く違和感なくうなずける話だった。

麻薬に手を染める気は微塵みじんもなかったが、少なからず気にはなっていた店だったし、 休みの日は買い物や部屋の片付け以外、これと云ってすることもないのでいつか入ってみようと思うようになっていた。


「ピピッ!」


来客入店を知らせる小さな音と同時にレジストアのモニターに客のIDデータが映し出される。

あたしはその小さな電子音にハッと我に返る。


IDーYY0021ー00834119ーK12XM913033

PWー****ー******

AGー23

SXーM

ADー00834119ー13ー226ー701

ACー9130@YY0021.WW.COM

PHー未登録

MLー未登録

HPー未登録

BLー未登録


レジストアのモニターに目を通しながら立ち上がると、 入り口を入ってきた青年は真っ直ぐにレジに向かって歩いてくるところだった。

店の入り口をくぐると、エントランスと呼ばれるシステムにより客のIDチップから発信されている信号を読み取り 簡易かんいデータをモニターに映し出す仕組みになっている。 これも政府が個人の行動を把握するために街中のいたるお店に設置しているものだ。 勿論防犯効果もテキメンなので設置を拒むお店はほとんどない。

マスターは、初めは「誰でも気軽に出入りできる店にしたいから」と云う理由で あまり乗り気ではなかったらしいが警察の指導もありいずれにせよレジストアで買い物をする際に もっと詳しいデータを読み込むコトになるのだからと納得したと云っていた。

「いらっしゃいませ」

あたしがそう云うと彼は店内を見渡しながら

「あれ~?今日はマスターいないの?」

と云い左手をレジカウンターについてはじめてあたしと目を合わせた。

買い物をするからスキャンをしてくれと云う意思表示だ。

あたしは彼の左肩と額にスキャナーをあてながら

「今日は何を?」

と尋ねる。

「オレ、あと何が買えるの?」

と、彼は逆にあたしに尋ねてきた。

モニターを見ると政府からの制限がかかっている麻薬のたぐいはものの見事に制限値まで買い尽くされていた。

彼のディデーまで後一週間近くだった。この種の人間がドラッグレスであと一週間もの間我慢ができる筈がない。

「申し訳ないんだけど…煙草」

と答えると彼は続けて付け足すようにあたしに

「だけ?」

と聞いてきた。あたしはゆっくりと首を縦にふりながら

「だけ」

と応えた。

彼自身、もう制限値がいっばいなのは分かっていたはずなので逆上されたりする心配はないと思い あたしは更にマニュアル通りの台詞せりふを云い始めた。

「麻薬の使いすぎは身体からだに毒ですよ。でも、どうしても欲しいなら誰かお友達を連れてきてその人に…」

と、途中まで彼が聞き飽きているであろうフレーズを口にしていると彼はそれを|遮≪さえぎ≫るように

「マスターいないの?」

と、再び店内を見渡す。もう片方の手もカウンターにつくと上半身を乗り出してカウンター奥のバックルームを覗き込んだりしながら

「マスターがいてくれりゃなんとかなるのになあ」

とゴネ始めた。



■ Syber-Fantasy ■

02通目(後半)



「ピピッ!」


エントランスの電子音に条件反射的に「いらっしゃいませ」と云う。

するとエントランスの電子音が「ビー」という警戒音に変わった。

たまにあるシステムエラーで、強制リセットをすれば済むと思っていた。

「なぁ!睡眠導入剤でもいいから、なんかくれよ!」

青年はまだゴネている。あたしはモニターを見て異常に気付く。 いつものエラーメッセージとは違う。今入ってきた客のデータがモニターに映し出されている。 が、すべての項目が「未登録」になっている。 エラーがあったのはエントランスシステムではなく今入ってきた客のIDの方だった。

「じゃあもう便秘薬でもなんでもいいからべるモンをなんかくれよ!」

自棄やけになっている青年を無視しながら入り口を見上げるとそこには別の男が立っていた。

長身で引き締まった身体で今まで見たこともない端正な顔立ちの男だった。 容姿は、「完璧」を絵に描いたような、「美しい」と形容しても大袈裟ではないくらいの、 30前後の男だった。 顔は、無表情で、深い彫りの奥の瞳は冷静な様にも見え、逆に動揺しているかの様にも見えた。

彫刻のような彼の顔の表情から内面を読み取るのは難しい。


「トゥルルットゥルルッ」


警備会社からのホットラインが鳴りだす。あたしは身体中の血液が顔に上ってくるのを感じ、脳みその表面に鳥肌を立てるような感覚に襲われながらも男の視線から目が離せなくなって固まってしまった。もはやゴネている青年の声は聞こえなくなっている。


「トゥルルットゥルルッ」


2コール目が耳に入ってきた。3コールで応答しないと警備会社の人間が5分以内に駆け付けて来ることになっている。男は右手の人差指を立て、ゆっくりと口にあてがい、瞬きもせずに、「黙っているように」と頼む合図をした。その鋭い目は「頼む」と云うよりは「命令」に近い、力があった。ふと気付くと、男の鋭い目と目の間には小さな傷跡がある。IDチップを摘出した跡に違いない!この男、「連飛」なのだろうか?


「トゥルルットゥルルッ」


3コール目が鳴り響く。 あたしは男を凝視ぎょうししたまま手探りで受話器取り短く細い声で「はい」と云うと受話器の向こうから「大丈夫ですか!?何か異常ありましたか!?」と、店内れるくらいの大きな声がした。あたしは男から視線を反らすことが出来ないまま、平常心を取り戻そうと出来るかぎりはっきりと「はい、大丈夫です。異常ないですよ」と口にだしてみる。何を云っているのだろう?どう考えても不審な人物が、目の前に立っているではないか?「異常なし」と聞いて気が抜けたのか、最初の業務的な口調だった受話器の声は和らぎ、親しげな調子で「マスターはいないの?一応規則だし、久々にママの顔を見に出動しゅつどうしようかな?」と云っている。あたしの思考回路は停止しそうになっている。あたしは男の顔を見たままポケットから自分の大麻樹脂の入ったパケを取出しカウンターの上に置き、親指で自分の首を切る「消えな!」の合図で青年を追い返す。青年はパケを鷲掴みにすると軽く会釈をひとつ残して男には目も振れずに男の脇を駆け抜けて出ていった。


「ピピッ!」


レジストアのモニターの今出て行った青年のデータの一番下の行に「ログアウト」の文字が付け足された。本当にあたしは何をしているのだろう?真っ白になりかけた頭が本能的にあたしにそうさせているのか?もしかしたら男の鋭い視線に操られているのかとすら思えた。

「その必要はないわ。たぶん単なるシステムエラーよ。今からちょっと自分でエントランスシステムをいじってみるわ」

と、遠回しに警備会社の申し出を断わろうとするが

「だったら出動したついでにシステムもみるよ。5分以内に到着します!」

と、最後だけまた業務口調に戻り、ホットラインは切れてしまった。

店内には長身の不審な人物とあたしの二人だけだ。非常に危険な状態かもしれない。

「つ…ら…ぴ…」

男が連飛なのかどうかを確認しようとしたが思うように声もでない。こんなに緊張したのは初めてかもしれない。もしかしたら緊張ではなく、今更ながら身の危険を感じて怯え始めたのかもしれない。男は

「助かった。ありがとう。」

と云い店を出てゆこうとあたしに背を向けた。とっさにあたしは男を引き止めなければならないと云う衝動に駆られた。

「ちょっ…」

また声が出ない。軽く息を吸い込みあたしはもう一度声をだしてみる。

「あの。またエントランスを通られると色々と厄介だから…」

口から出るに任せて吐いた台詞にしては上出来だった。男を立ち止まらせることには成功した。

「別の出入口があるんだけど、とりあえず今人が来ちゃうからこっちに隠れててくれます?」

と、振り向く男にバックルームの方角を指差して見せる。

「ありがとう。でもこれ以上迷惑かけられないから」

と云うと男は再び背中を向けようとした。

「またエントランスを通られてエラーデータのログを残される方が迷惑なの!」

思わず大声を出してしまった。あたしは必死だった。必死になって何をしようとしているのだろう?

「ならば、云う通りにしよう。」

あたしは男を、レジカウンターの中を通し、奥にあるバックルームへ入るように促した。

「中で静かに待ってて。警備員はなるべくさっさと追い返すから」

と、バックルームの扉を閉じた。大きく息を吸い込みゆっくりと吐く。吐く息が震えている。自分の足が震えていることにも今気が付いた。手足の感覚が薄い。もう一度息を吸い込んでみた。少しだけ落ち着いた。


「ピピッ!」


「こんばんわ!WSSー373351です!」

2メートルもありそうな大柄で体格の良い完全武装した警備員は 警備会社の名前と自分のIDの下6桁を大きな声で名乗り店内に入ってきた。 この警備員もこの店の馴染みの顔のひとつで、いつも何かと良くしてくれる。 油断していると勘違いしてしまいそうなくらいあたしには好意的だけど、 あいにくあたしは異性関係は苦手だ。ひどく手痛い目に遇ったわけではないが愛だの恋だのにはうんざりしている。

「あれ?ママ顔色わるいですよ。やっぱり何かあった?」

警備員はあたしの顔を見るなりそう云った。

さっきまであたしの顔を真赤にしていたであろう熱い血液が 今は蒸発でもしたかのように引き顔が真っ白になっているのが自分でもわかった。

「あれ?今日ママ、ディデーじゃないの?だからだよ!」

この警備員はあたしのディデーを覚えている。

誕生日やここに勤め出した日にも決まって記念日だと云って小さな贈り物をくれる。 色んな女性に同じようなことをしているのだろうか?いずれにせよ、マメな人だ。

「そうね、早くホスピットへ行きたいんだけど、深夜過ぎまでマスターいないから…」

とあたしが云うと警備員は

「今日はツイてる。ママと二人きりなれるなんて、出動してよかった」

と冗談ぽく云いながらカウンターに入ってきてモニターを見た。

「これだね?」

と、モニターの未登録IDデータを表示している部分を太い指で指し示した。

「そうなの。いつものエラーメッセージと違うから触るのやめたのよ」

警備員はズボンの後ろのポケットに二つ折りにして押し込まれたやや厚めのマニュアル本を抜き出すとパラパラとめくり始めた。 扱いが乱雑なのか熱心に熟読したせいなのか、その取扱説明の厚めの小冊子はかなり念起ねんきが入っている。 警備員は小冊子とモニターを交互に見、何かに気付いたか思い付いたかのように

「あ」

と声を漏らした。

そしてゆっくりとあたしの方に向き直って真剣な顔をして小さな声で「このログどうする?」

と聞いた。恐くなるくらい厳しい顔だった。



×常連客

□連飛現る

□Drゴン

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