Syber-Fantasy

弥生

Syber-Fantasy:第1話

一体誰がこんな地球にしてしまったんだ!

あたしが子供の頃は春夏秋冬があって、 夏には親に連れられて泊りで海へ行き、 さんさんと降り注ぐ日差しの下、海水浴を楽しみ、 冬はゲレンデで陽の光をキラキラと反射させた白銀の中でスノボを楽しんだのに…。

あれは何年前のコトだろう? 皮膚癌や熱中症や熱射病など、太陽光が原因での患者が急増したあの夏のコトだ。 政府の打ち出した条令で学校や公共施設が時間を12時間ずらし、 便乗してほとんどの会社が夜勤務態勢を導入、 自ずと商店街や町内の店舗も深夜営業を強いられるコトになり、 今日人類は夜行性動物となってしまった。

人は日中眠り夜起きてそれぞれの営みにのぞむ。夜の繁華街はまるで、かつての昼間のように明るい。 いや、むしろそれ以上に明々あかあかとしている。 これだけのエネルギーを消費して、人類はますます地球を蝕んでいると云うコトを理解っていないのだろうか?

紫外線と赤外線の量が著しく増えてしまった今日、 直射日光に肌を晒す機会のなくなってしまった人間には カロチンとカロチンを分解吸収するビタミンDの摂取量が低下してしまうと云う名目で、 総ての人間は毎月定められた日にホスピットへ行き栄養剤の注射を受けなければならない。 ホスピットなどと云う医療施設めいた名称だが、 栄養剤は大義名分で単に政府が住民を統治するうえで、 住民の居場所を把握するための政治的機関だと云うコトは誰もが感付いている。

生活に支障はないものの、眉間と左肩に埋め込まれたIDチップも未だに違和感を感じる。 胡麻粒位の大きさで皮膚の下に埋め込まれているので見たことも触ったこともないがゆびで触れると明らかに硬い異物がそこにある。

自宅のキーレスエントリーや電車の乗り降り、 ショッピングモールでのキャッシュレスショッピングなど便利ではあるけど、 自分の身体からなんらかの電子信号が発っせられ続けていることが人体に無害だとは考えがたい。 寝ても覚めても抜け切らないこのストレスのような感覚も昼と夜が逆転したことだけが原因とは思えない。

時々吐き気すら催すこのストレスを誤魔化す為にあたしは毎日勤務先の店の在庫置場から拝借した大麻樹脂を 部屋でライターで炙りバラした煙草の葉に混ぜて再び巻紙に巻き、肺いっぱいに吸い込み息を止める。 密やかでささやかなあたしの楽しみだ。

自分自身の奥深くまで潜り込み潜在意識の中のもう一人の自分と会う。 もしかしたら彼女こそがホントのあたしなのかも知れない。

お昼近くまで彼女と語らい瞑想からゆるやかな眠りへと陥る。 その境目はあたし自身もわからないが毎晩18時には無機質なアラームの音に起こされ不機嫌に日常と云う名の現実に引き戻される。 無法地帯と化した昼間の地上から、秩序と規律に守られた夜の人間社会へと舞台は装いを変えている。

まだ頭の中が混沌としていて、彼女のぬくもりを身体のあちらこちらで感じている。

あたしはいつも起きてから食事を摂らない。夕食を取らない代わりに頭が冴えるまでニュースをチェックする。

一つ目のニュースは、政府の遺伝子研究で総人類のDNAの解析が完了し、 これから逆算して遡って人類の発祥の謎に迫ると云うものだった。 加えて、IDチップの登録のない者でも、髪の毛1本で持ち主を特定できるようになったと伝えられた。

「IDチップの登録のない者」、俗に云う「連飛」と呼ばれている輩のことだ。 彼らはIDの登録を拒否し、もしくは自らチップを摘出し、 自殺行為だとさえ云われている日中の生活を続けている。 未だにガソリンで動く車や二輪車に乗り昼間の街中を縦横無尽に走り回り自由奔放に生きていると云われている。

枝分かれしたもう一つの人類だ。

当然政府は彼らを無視し存在すら否定している。 だから公的な報道各局は「連飛」と云う呼称を使用せずにもどかしい云い回しをするのだ。

このニュースもそうだ。

「昨日、大手会社役員が帰宅途中、何者かに襲われ機密ファイルの入ったマイクロチップとIDチップを奪われました。 幸い怪我は軽傷で紛失したIDチップも速やかに再発行されました。

盗まれたマイクロチップにはセキュリティロックがかかっており役員3名以上の立ち会いでしか開かないようになっており、 同会社の役員全員に非常警戒態勢を取って護衛にあたるよう警察から指導がありました。」

表向き、人類はIDチップによって何時何処で誰が何をしていたかが完璧に管理されていることになっている訳だから 「何者か」と云う表現は政府の云い分と矛盾している。 だからと云って安易に連飛の仕業だと断定するのも単純すぎる話だ。

あたしは犯人は同会社の役員の中にいると勝手に推測する。 実行犯は連飛かもしれないし、 逆にIDチップの行動データを改竄できるだけの政治的権力のある者が裏で糸を引いているのかも知れない。

きっと足りない役員のIDチップは一つだけで、今頃は既にファイルは開かれているに違いない。 だいいち別世界に生きる連飛が大手会社の企業機密に興味を示す理由がわからない。

毎朝ニュースをチェックしながら推理ごっこをしているうちにあたしの目はさめてくる。

目覚めの仕上げは熱いシャワーだ。シャワーを浴びたら水を一杯一気に飲みほし、出勤する。

同じ毎日の繰り返しの中に溶け込んでゆく時間だ。

あたしの勤務先は自宅から電車に乗って二駅の程好い距離にある雑貨屋で、 かつてはイリーガルだったモノを売っている。

IDシステムの確立により個人個人の薬物の購入量を制限できるようになり 麻薬と呼ばれていた品々が次々と規制緩和されIDチップがあれば誰でも買うことができる。

マスターはいち早く片っ端から販売資格認定を取得し ありとあらゆる合法化された麻薬を売ってなりわいとしている。

マスターと云うのはあたしの勤務している店のオーナーでキサクで明るい性格だが 過去に関しては一切語らない。

その翳りは魅力でもあるが、あたしは地雷だと思っていて触れないように心掛けている。

彼はあたしのことを「ママ」と呼び、自分のことを「マスター」と呼ばせている。 客の大半は常連客で、やはりマスターのことを「マスター」と呼び最近ではあたしのことを「ママ」と呼ぶ顔馴染みも少なくない。

店に着くと、今日はまだマスターは来てなくてあたしは店を一人で開ける。

夕方、お店はあたしかマスターのどちらか先に着いた方が店を開ける。 大抵はどちらかが施錠を解除している間にもう一人が来て、一緒に店に入る。

今日はあたし一人が裏口から入り店内の灯りを点け壁に据え付けられているスキャナーに左肩をかざす。

タイムカードと呼ばれるこのスキャナーもオンラインで政府の管理機関に繋がっていて リアルタイムであたしの出勤時間をIDシステムのデーターベースに入力しているらしい。

入り口の鍵を開ける時にふと昨日の会話を思い出す。



■ Syber-Fantasy ■

01通目(後半)


「ねぇ、マスター。」

とあたし。マスターは口を閉じたまま眉を上げながら振り向いた。 子供に「ん?」と聞き返すようなマスターのこの表情はあたしを安心させる。

「明日、あたしディデーなんだけど深夜前半休でいいかしら?」

と、あたしが云い終える前にマスターは両手で頭を掻く仕草をしながら被せるように

「あっちゃ、ママのディデー明日だったっけ?」

と云う。自分でも思いがけなく大きな声が出てしまったのではないかと思うくらいの声で、マスターは続けて云った。

「明日は買付けで仕入先と夕方早くから会うことに…。今からじゃディデーの日程変更、間に合わないよね?」

ディデーとは例の月に一度のホスピットへ行く日のことで、 由来はわからないがおそらくビタミンDの「D」からきているのだろう。 みんなホスピットに行く日のことを「ディデー」と呼ぶようになっている。 個別に定められた日程にホスピットへ行けない場合は1週間前までにその理由を書いた申請書と、 その理由が職務の場合は職場から証明書を発行してもらい添付して提出し、 再度指定された日程にホスピットへ行くことになる。

仕事や旅行などで遠方にいる場合はその出掛け先で別のホスピットを指定され、 そこへ行かなければならない。

あたしはただ単に深夜前半休なら夕方寝坊ができると云う理由だけで毎月深夜前半休にしてもらっていた。

「バイトの仔を店で一人には出来ないし、 明日のブローカーはまだ取引きを始めて日が浅いから日程をずらしたりして与信を落とされたくないし…」

マスターは頭の中で考えていることが常に口から出てしまう質で、それもまた疑心暗鬼な気質のあたしを安心させる。

「あたし、深夜過半休でも大丈夫よ」

マスターはあまり釈然としない表情で

「うん、買付けをなるべく早めに済ませて出来るだけ早く店に戻るようにするけど、 深夜24時には間に合わないよなぁ。バイトの仔の休憩時間もあるし、俺が戻るまで待てるかなぁ?」

とあたしの顔を覗き込む。この無邪気な悪戯っ仔の顔にあたしが弱いのをマスターはよく心得ている。

「いいわよ、それじゃ深夜過半休ね」

と、あたしは軽く微笑み、マスターもあたしに微笑みを返した。


そうだ、今日はマスター来ないんだった。

まだ頭が完全に目覚めていない。

お店を開けてからバイトの仔が来る22時までの約2時間、 今日のあたしは何もすることがない。 平日のこの時間は客の入りも少なく、 いつもならマスターと他愛のない話をしたりしながら店内の陳列を変えてみたり什器の掃除など雑用をしている時間だけど、 今日はこれと云って時間を潰す雑務が見当たらない。

レジカウンターの奥に置かれた椅子に腰掛けて、 店内に流している音楽のリズムに乗って組んだ脚の爪先を小刻みに揺らしながら物思いに耽け込んでゆく。


マスターの人柄のお陰でこの店での仕事はもう3年近く続いている。

初めてこの店に足を踏み入れた時はまさか自分がこの店で働くなどとは思いもしなかった。

この街に出てきて就職した会社は中小企業と呼ぶにはやや規模の大きめの会社で同期の同僚とも仲良くやっていた。 上司達や他部署の同年代に気に入られていたのも肌で感じていた。

2年目に入ってきた後輩達にも慕われていていつしか「お姐」と云う仇名で呼ばれるようになっていた。 もちろんそんなあたしを好く思わない輩も沢山いたと思う。 実際、直接あたしに嫌味を云ってくるお局様もいた。 嫌味を云われて落ち込むことはあっても相手に嫌悪感を抱くことはほとんどなかった。

毎日のように本部から上層部が入れ代わりたち代わりに訪れてきて、 毎晩のように社内接待で宴会をしていた。 取引先の重役も打ち合せという名目でその宴会に来ていた。 実務上は全く携わりのないあたし達は「華がないから」と云っていつも宴会に駆り出されていた。

通り一辺倒な当たり障りのない社交辞令を並べてその場を凌ぎながら あたしもその宴会を楽しんでいた。 時には冗談も云い、なるべく相手が云われて喜びそうな台詞を選んで口から発していた。

心にもない空虚な言葉達が飛び交う呑みの席で、あたしは少しずつ気付いてしまったのだ。 もしかしたら最初からあたしは知っていたのかもしれない。 無意識に目を背けていた事実を否定しきれなくなったと云う方が正確かもしれない。

ここに居るのはあたしじゃない。

心にもない言葉を一日中吐き出しながらただ周囲まわりとの協調を保っているだけの歯車の一つだ。 あたしじゃなくってもいい。もしかしたらあってもなくってもいいような歯車かもしれない。 ただあたしはこの歯車としてぐるぐる毎日を廻すことには長けているようだ。 毎日が滑らかに廻れば廻るほどにあたしは自分を見失ってしまっていた。 この街に出てきてから誰かと本音で話をしたこともなければ、 まして喧嘩などしたこともない。 上っ面だけの関係をただただこじれないように育んでいたら、 きっと相手も上っ面だけであたしに接しているんだと気付いた。

それが確信になるのに時間はかからなかった。

仲良くしていた同僚は実際にはあたしのことをどう思っていたのだろう? あたしはみんなのことをどう思っているのだろう? 正直なんとも思っていなかった。 「思う」と云うこと自体忘れていた。

お局様に嫌味を云われる時は彼女の「感情」を感じ取れた。 あたしに対する感情。 あたしがどこかに置き忘れて来てしまった【感情】と云うものを感じた。


×ディデー

□常連客

□連飛現る

□Drゴン

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