コンビニにて:第18話
無事にスマホで買い物が出来るように設定が済んだと連絡が来た
私が望んだ通り、スマホで会計をする事で今後は小銭をジャラジャラとポケットに入れてコンビニへ行く必要はなくなった
必要はなくなって、もう2・3日が経とうとしているのに私は相変わらずポケットに小銭を突っ込んで、スマホは部屋に置きっぱなしでコンビニに通っていた
大きめの砂利銭皿に満杯になっている小銭を使いきる目的もあるにはあったけど、どう云う訳かスマホを持ってコンビニに行く気分になれなかった
私が駄目男くんにこのスマホをかざしながら「スマホで支払います」と告げている姿も想像出来なかった
コンビニへ行く途中でこのスマホをぶつけたり落としたりして壊してしまう可能性が嫌なのもある
物欲は無いものの、手に入った物に対して喜びを感じれば感じた分だけ、気に入れば気に入った分だけ失った時にがっかりするのは良く知っている
今私は、コインランドリーで使うための100円玉と500円玉だけ取り分けて別のお皿に移す作業をしている
それ以外の小銭を優先的に使うようにして、それが無くなったならスマホを財布として使う気分になるかも知れないと
そんな単純作業をしていると、やはり頭の中でまた同じ事を考えてしまう
「乾杯でもします?」
各々温かい缶コーヒーを手に持ってコンビニの自動ドアを出ると、彼は自分の缶コーヒーを私の方にかざしながら乾杯のポーズを取った
彼の缶コーヒーは既にプルトップが開いていたので私も慌てて自分の缶コーヒーのプルトップに指を掛けた
「何に?」と訊き返しながら私も乾杯に応える姿勢で構えると彼は即答で「初雪に」と笑って乾杯をした
彼はマスクを顎まで下ろして缶に口を付けた
この時私は初めてマスクで隠れていない彼の顔を見た
「私の事、変なヤツだと思ってるでしょ?」
自分でも理解出来ないような突飛な質問が口を吐いて出た
安定の会話能力の低さだ
搬入作業中にトラックの運転席を覗き込んだり、さっきもレジでお金が無くて助けてもらったりして、その上でこの質問だ
恥の上塗りも二度塗り三度塗りを通り越して「輪島塗かよ!」と自分にツッコミを入れたくなるくらいだった
彼は笑いながら頷いた
そして「人間なんて変なヤツしかいないですよ」と云った
変じゃない人間なんて、今まで生きてきた中で1人も出会った事はないと
明らかに彼の方が歳上なのに敬語で話される事に違和感を感じた
「基本的に仕事中のお客さんとの会話は敬語ですね」と云った後、私とはお店の外でこうして缶コーヒーを飲んで談笑する仲だからコンビニの納入業者とそのコンビニのお客さんと云う関係は越えたと勝手に宣言をして「俺、和希、よろしく」と空いていた方の手を差し出して握手を求めて来た
私も空いている方の手を出して握手をしながら「おっさんよお!これやるから勘弁してやってー」と、あの時の彼の台詞をそのまんま復唱した
つくづく私は会話を成立出来ない人間なんだなと思った
あの時の彼が印象的で衝撃的で格好良いとも思ったしお礼もしたかった
その思いが一気に口から出ようとした結果、その時の彼の台詞を繰り返すと云う行動になってしまった
その後は履歴書を交換するかの様にザックリとした自己紹介でお互いの生い立ちや今の生活や仕事の話をした
そして彼は私には迷惑をかけない様にすると約束するからLINEを交換して欲しいと申し出て来た
LINE、数時間前にスマホを買いに行ったお店で初めて耳にして、数分前までコンビニで立ち読みしながら勉強していた単語のひとつ
そこから私が携帯電話やスマホどころか自宅に固定電話すらないと云う話になって、上京して3年間実家や地元の友達との連絡も全くなく東京には友達どころか知り合いすら1人もいないと云う話でひとしきり盛り上がった
人間には変なヤツしかいないとは云ったけど、私はその中でも飛びきり変なヤツらしい
それで3年間よくこの東京で生存出来たなと驚いてもいた
たまたまその日の、数時間前にスマホを購入しようと試みてお店まで行って来たけど買い方が分からなくて断念したと話したところ、スマホを手に入れたら必ずLINEを交換しようと約束をするに至った
スマホを買って自宅で電源を入れた後、私は井ノ一にLINEのアイコンをタップして開いてみた
彼がレシートの裏に書いてくれた彼のLINEのIDとやらを眺めてはみたものの、繋ぎ方がわからない
LINEを開くとログインとサインアップの二択になっていて、私にはどっちの意味も分からなかった
LINEに関してはそこから先に進めずにいた
また彼とゆっくり話でも出来る時間があればその時にLINEの設定の手順も教わりたいとは思っているけど、あの日以来、彼は忙しそうでゆっくり立ち話も出来ない感じだ
だから私がスマホを手に入れた事すらまだ彼には話していない
そっか、コンビニにスマホを持って行く気分になれない本当の理由はこれか・・・
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