コンビニにて:第17話
誰に教わる訳でもなしに私は幼い頃から、自分がヒト科・人間の雌として生を受けたからには種を遺さなければならないのだと云う役割意識があった
雄として産まれていれば十月十日もの間、お腹の中で自分とは別の生命を育てて、その後に本当に死んでしまうほどの辛くて痛い思いをしてその生命を産み落とさなければならないと云う義務感
お母さんから幾度となく聞かされた私の出産の時の話で、私は子供を宿して産むと云うことに恐れを抱いていた
きっと死刑判決が下った罪人はその日から死刑執行の日まで、ずっと自分が殺される瞬間のことを考えて頭の中の断頭台に怯えて過ごすのだろう
幼少期の私も、正にそんな感じだった
お母さんの誕生日だったかなと思う
お父さんが食器洗浄機を買って来たことがあった
「いつも美味しいご飯をありがとう」と短いメッセージの書かれたカードも添えてあった
娘の私から見ても、無口で不器用なお父さんがお母さんに贈ったお父さん史上最良のプレゼントだと思った
お小遣いが勝手に膨れ上がって貯まっていた私の貯金を全額カンパして連名にして欲しかったなとすら思った
ところがお母さんはその食器洗浄機を喜ばなかった
お母さんはお父さんや私にご飯を美味しく食べてもらいたくて作っているからいっこも大変じゃないし、食後に洗い物をしてる時間もお父さんと私が美味しそうに残さず食べてくれた喜びを噛み締める楽しみな時間なんだと
洗い物なんて自分が普通にやれば良いだけの話で、自分の為に無駄遣いをするならそのお金でお父さんの好きな物を買って欲しいと云って、その食器洗浄機を返品しようかと云う話にまでなった
結局お母さんが、自分が歳を取って満足に洗い物も出来なくなったならその時に使うと云って返品はせずに仕舞い込まれてしまった
幼心に「無駄遣い」はさすがに云い過ぎだなと、私はお父さんに同情していた
親戚の集まるお正月だったかなと思う
毎年お年玉をくれていた叔母が結婚していない事に気付いた私は「どうして結婚しないの?」などと無神経な質問をしてしまった
叔母は微笑みながら「しないんじゃなくて、出来なーいの」とおどけて見せた
「いいな、じゃあ子供を産まなくて良いんだ」と云ったら、少しだけ悲しい顔になった
産めるものなら私のお母さんのようにに私みたいな子供を産みたかったと答えた
その時なぜ叔母が悲しい顔をしたのかなんて気にも留めずに私は、雌として生まれて来ても子供を産まないと云う道があるの知って、直ぐさまお母さんに「わたし、結婚しなくても良い?」って聞いたのまでは覚えている
その質問にお母さんがどんな表情で何と返事をしたのかまでは覚えていないけど、その日以来、私は結婚をしない人生を選択したのをハッキリと覚えている
おそらくお母さんはその時の私の結婚しない宣言を承知してくれたのだと思う
死刑囚が免罪で釈放された気分だったから
「また、会えるよね」
去り際に和希さんは私にそう訊いた
前回私と和希さんが会話をした後、私がコンビニに買い物をしに来る時間をずらして会えなくなったからだろう
単にもう自分を避けて時間を気にしたりせずに買い物をしてくれと云う風にも取れた
例によって会話能力の低い私は何と返して良いのか分からずに微笑みを作って見せて返した
その次の日は和希さんとの約束を守るような気分で待ち合わせたかのように和希さんが納入に来る時間にコンビニに行った
普段なら手際よく10分くらいで搬入を終えて直ぐに次の納入先に向けて走り去ってしまうのだけど、あの日は雪のオカゲで普段よりも2時間も早く配送センターを出発していて時間に余裕があったからゆっくりと立ち話が出来た
その翌日は通常通りの配送に戻っていたので和希さんは普段通り手際よく搬入作業をしていた
ゆっくりと立ち話は出来なそうな雰囲気ではあったけど店内にいる私を見つけると「こんばんは」と話し掛けて来てくれた
私は忙しそうにしている和希さんが話し掛けて来てくれたことが恐縮で申し訳なく思って「頑張ってください」と会話を終わらせようとした
「その一言で朝まで頑張れそうだ!」と嬉しそうに微笑んで搬入作業に戻って行った
その次の日は、私がいると和希さんのお仕事の邪魔になるような気がしてコンビニには行かなかった
けど、更にその次の日には「また、会えるよね」と、私に時間を気にせずに買い物をするように云ってくれていたのを思い出して、和希さんの顔を見にコンビニに行った
そんな感じで2日に1度くらいのペースで和希さんの来てる時間に合わせてコンビニに買い物に行くようになった
会話も出来なそうなくらい忙しくしてる日には、例の缶コーヒーを買ってトラックのミラーに縛り付けて帰ったりもした
さて、今日は順番でいくとコンビニには行かない日だけど、明日の朝食べるパンがない
スマホの時計を見ると、そろそろパンを買いに行く時間だった
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