コンビニにて:第13話
幼い頃から友達も少なく人付き合いが苦手で、小中と私はクラスでも孤立していた
高校生になる頃には疎外感にも慣れて群れているクラスメイトを心の中で見下すほどになっていた
特に苦手だったのが女子の集合体だ
四六時中同じ顔ぶれで行動を共にして姦しく喋り続ける女子の集団からは努めて距離を置いていた
一度、何かの手違いでクラスメイトのお誕生日会に参加する羽目になったことがあった
誕生日の贈り物を持参してそつがなくその誕生日会を耐え抜いたツモリではあるけど、きっとその時も私は浮いていたに違いない
彼女達は私に好意的で代わる代わる私に話し掛けてきてくれた
けど、それは私にとって苦痛な時間でしかなかった
色々と話題を振ってはくれるものの、私の返事は決まってその先に広がらない一言になってしまい会話が続かなかったのを覚えている
成績はどの教科も軒並み平均をちょっと下回る中の下くらいで、飛び抜けた教科もなければ苦手な教科もなかった
もしも会話能力などと云う教科があったなら私はその教科で落第していただろうなと思う
成績の平均なんて相対的な数値でしかなく、私はどの教科も均等に点を獲れていたのだから平均を下回っていたことに何ら焦りも問題意識も感じてはいなかった
ただ、会話能力に関しては諦めに近い自覚を持っていた
地元にいると隣近所は勿論の事、町を歩けば必ず顔見知りの大人に会い、声を掛けられたり名前を呼ばれたりして世間話に付き合わされたりもした
隣の人が何をしている人かすら分からないと云う前情報通り東京は誰とも会話をせずに暮らせる心地好い環境だった
3年間ほとんど誰とも会話をせずに生活をしてきた私が、以前よりも輪を掛けて会話能力が低下していると思い知らされたのが、この前の冷凍車のドライバーさんとの会話だった
もはや会話などとは呼べない「接触」だ
彼は自分のトラックの運転席を覗き込んでいる怪しい他人に対して、騒音で苦情を云われるかも知れないと思ったその相手に自ら「うるさいですよね?」と声を掛けて来た
もしも会話能力などと云う教科があったなら彼は学年上位に喰い込める成績を叩き出していただろう
それに比べて私ときたら、唐突に煙草の話を口走ってしまった挙げ句「おやすみなさい」と一方的に会話を打ち切って帰ってしまった
相変わらず駄目男くんはレジの脇の奥の方で雑誌を読んでいる
今日はこの缶コーヒーを袋に入れてもらおう
その袋に今ポケットに忍ばせている19本の煙草の入った箱とライターを一緒に入れて彼に渡せば良いと、頭の中で計画していた
酔っ払いを100円玉ひとつで追い返した時のお礼まで上手く伝えられる気がしない
けど、最悪の場合、何も会話などせずに缶コーヒーと煙草の入った袋を彼に押し付けて走り去ってしまえばいいと思った
きっと温かい缶コーヒーは飲んでもらえるだろう
煙草の方は捨てられてしまうかも知れないけど、私は彼に渡すことで勿体無い意識や罪悪感からは逃れられると思う
一通り搬入を終えたドライバーさんがレジの前に向かって歩いてきた
「検収印オッケーですか?」といつもの調子でレジの奥にいる駄目男くんに声を掛けた
駄目男くんは雑誌を置いてあたふたと検収印を押すバインダーを手にした
ドライバーさんはレジに缶コーヒーを置いて待っている私を見て
「お客さま優先で、検収印はその後で良いですよ」と云い、私に軽く微笑んだ
また目が合ってしまった
「袋にお入れしますか?」と、また頭を使わずに口から自動的に出てくる台詞を吐きながら缶コーヒーをスキャンした
返事をしなくても駄目男くんは頭を使わずに自動的に缶コーヒーを袋に入れるのは分かっていたけど、私は「お願いします」と声に出して小銭を出そうとポケットに手を突っ込んだ
いつも砂利銭皿から鷲掴みにしてポケットに突っ込んで来ている筈の小銭が今日は入っていない!
いつも小銭を入れているパンツの右ポケットの中は空っぽだった
そうだ、さっき一旦この煙草の箱を取りに自宅に帰った時に慌てていて小銭をポケットに突っ込んで来るのを忘れていた
加えてお金の入っている鞄もベッドの上に放り投げて来たのを鮮明に思い出した
東京に上京して来て3年目にして初めて私はレジの前でお金がなくてあたふたすると云う経験に今正に直面している
すぐ隣のマンションとは云え、走ってお金を取りに帰ってもここに戻って来る頃にはドライバーさんは検収印を受け取って出て行ってしまった後だろう
子供の頃にシャツに穴を開けた時やこの前ライターで煙草に火を点けられなかった時のビックリなんて比じゃない程に私は動揺した
「これ、会計一緒で」
ドライバーさんが駄目男くんに告げる声と同時に、私が買おうとしていた缶コーヒーの隣に同じ缶コーヒーがもう1本置かれた
振り返るとドライバーさんは既にレジの横に携帯をかざしていた
駄目男くんの「袋に入れますか?」の決まり台詞と同時に会計が済んだことを知らせる電子音が鳴った
ドライバーさんは私が持ってきた少し冷めた方の缶コーヒーを取って自分が持ってきた温かい方の缶コーヒーを指差しながら「こっちは袋に入れてあげてくだい」と云い、私の方に向き直って手に持った缶コーヒーを私に見せながら「このコーヒー、美味しいですよね?」と云って微笑んだ
私はドライバーさんに差し入れをするツモリでこの缶コーヒーを買おうとしていたのに、19本の煙草を渡すどころか逆に缶コーヒーのお金を出させてしまった
なんでこんな展開になったのか頭の中で整理している余裕もなく次の瞬間
「いいえ!違うんです!」と、自分が吐いた意味不明な台詞が自分の耳から飛び込んできて私は完全に思考停止した
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