コンビニにて:第11話
今朝目覚めた時から動物的本能で今日は寒くなると察知して膝まであるダウンを着て家を出た
仕事を終えて職場を出た頃には東京での初雪が歩道に積もり始めてシャーベット状になっていた
地元の雪とは違い東京の雪は汚い
朝目覚めて窓の外の白銀の世界に気持ちが高揚するなんてことは東京ではありえない
何も初雪の日を選んで普段と違うことをすることもないだろうとは思ったけど、思い立ったが吉日
昨日の夜から私は今日、仕事帰りに寄り道をする予定だった
その寄り道計画を実行しなかったとしても、今朝私があったかい上着を選んだのは大正解だったと思う
思い立ったが吉日とは云ったけど、それは昨日の夜に思い立って衝動買いのように今日寄り道を決行したわけではない
もうちょっと前から企ててた計画の、今日は第一歩
まさかその第一歩目でここまで打ちのめされるとは想定外だった
小銭を数えることなく砂利銭皿から小銭を鷲掴みにしてポケットに突っ込んで買い物に出るスタイルに私はなんら不自由さを感じてはいなかった
コンビニのレジでカードで支払いをしてる客はかなり前から目にはしていたけど、ポケットや鞄から財布を取り出し、更にその財布からカードを取り出して支払っているのだから現金で支払うのとなんら変わりはないと思っていた
ポケットに突っ込んだ小銭から直接支払う方が一手前少なくてスマートだと優越に浸ってさえいた
私は常々ブランドのロゴマークの入った財布に何万円も出すのは本当に愚かな買い物だと思っていた
多少長持ちはするのかも知れないけど、機能面では安物の財布となんら変わらないうえに、高いお金を出した分だけ過剰に大事にしなければいけないし、大事にしてても傷や劣化で物凄く残念な気持ちになるのは必然だ
そんな私が何万円も出してでも持っていた方が便利でスマートだと思える財布に気付いて、今日は仕事帰りにその財布を買いに寄り道をした
入店した瞬間から想定外の連続だった
店内を軽く物色しながら陳列されているであろう財布を見て廻って、カタログの1つでも持ち帰れたなら今日の第一歩は御の字だと思ってた
私が入店すると同時に、ここは銀行か?と錯覚するよな速やかなタイミングで丁寧な受付店員が「本日のご用件は?」と尋ねて来た
ちょっと返答に戸惑ってあたふたしていると「申し訳ございません、只今90分待ちです」と云いながらサッと番号の印刷された紙を機械から抜き取って私に手渡した
0319と印刷された番号札を見ていると、その番号でお呼びしますからと今度は病院の待合室の様にソファーが並んだスペースに案内された
正面の大画面に4桁の番号が沢山並んでいた
下から数えてみると、どうやら私の前にあと4人の人が待っているらしい
待合室スペースには明らかに4人以上のお客が座ってはいるけど、たぶんご用件毎に番号札の列が違うのだろう
300番代の表示されている列には0315から0319の4つだけだった
予告通り私は1時間半そこで待たされた
普段から何もせずに何もない部屋で独り物思いに耽っている私にとって何もしない1時間半なんていっこも苦ではなかった
私の番号が大画面の1番上まで辿り着いて0319番を呼び出すアナウンスが店内に流れ、呼ばれた番号の窓口に行きカウンター超しの店員と向き合って座った
まず彼女は私が上京して3年間、携帯も持たずに東京で暮らして来ていることにビックリした
そして家にも電話を置いていないと分かる頃には動揺を隠しきれなくなっていた
この時点で呆れたり嘲うような表情がちょっとでも見えてたなら私は財布を諦めて帰っていただろう
彼女はビックリこそしていたけど、物凄く親切で丁寧な説明をしてくれた
おそらく初心者の私に通じる様に尽力を尽くしてくれているのだろうと云うのは痛いほど伝わって来た
けど、彼女の使う単語のほとんどが私にとっては新出単語で意味が分からなかった
彼女の私への接し方や態度から私は彼女のことを信用しても大丈夫だと云う確信は持てたから、彼女に云われるがままに彼女の勧めてくれる財布にすれば良いとも思ったけど、何も分からないままでその財布を購入するのは躊躇われた
「必ず買いますんで、一旦帰って勉強して出直して来ても良いですか?」
彼女は嫌な顔ひとつせずに私を店の出口まで案内して深々とお辞儀をして見送ってくれた
そんな訳で私はその足で帰宅する前に隣のコンビニの雑誌コーナーの前でかれこれ小一時間立ち読みをしている
店員は例の駄目男くんだから立ち読みを咎めたり注意してきたりはしない
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今日耳にした新出単語が見出しに載ってる雑誌を片っ端から読み漁っていた
その他にもパケットやワイファイなんて単語も出て来てたけど、どの雑誌もそれらの単語は読者が理解してる前提で書かれている
だから私は文章の流れや文脈から今日の新出単語の意味を想像しながら、勉強していた
そもそもその財布の用途が電話であることは百も承知だった
電話の機能は私には不要だけど電話番号を設定するのに多少余計な初期費用の様なものを取られるのも重々覚悟だった
その上で数万円を支払っても財布としてしか利用しない私にとってそれは決して高い買い物だとは思わなかった
携帯電話の端末本体に初期費用のようなものを支払えば電話としては利用する予定がない私は小銭を使わずにその端末で買い物が出きるのだと思っていた
携帯を所持しているこの国の国民の殆どが今日私が初めて耳にした新出単語や料金プランとやらを理解しているのであれば、私は激しく文明から置いて行かれていることになる
そんな焦りすら感じていた
「今日の便は積雪対応でいつもより120分早く配送してます」
自動ドアが開くと同時に聞き覚えのある声がした
その声に駄目男くんがボソボソと「はい、聞いてます」と返事をしたのが聞こえた
そう云えば去年の夏だったか「今日は台風に備えて早く配送してます」とか云って真夜中過ぎに来る筈の冷凍車が早い時間に納入に来てたことがあったのを思い出した
私はうっかりその声のした方へ振り返ってしまった
あの冷凍車のドライバーさんとバッチリ目が合った
おそらく私は「しまった!」と云う顔をしてしまっただろう
けど彼は彼で何か驚いたような顔をして固まっていた
そっか、いつもは部屋着に素っぴんなのに今日は仕事帰りの服装で化粧も落とす前だったからビックリしたのだろう
その次の瞬間、止せば良いのに私はある余計な事を閃いてしまった
私は彼の脇を早足ですり抜けてコンビニを出て隣の自宅マンションの階段を駆け上がった
どうせもう変なヤツ認定されてるんだし
変なヤツ認定の上塗りになっても良いや
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