コンビニにて:第6話

物心付いた頃から私は縛られるのが好きじゃなかった

決まった時間に拘束されるのもそうだし固定概念から抜け出せなくなるのも嫌いだった

一般常識なんて言葉は最も苦手な単語だ


先週までは示し合わせたようにこの時間に隣のコンビニに行くのがルーティーンになってしまっていた

今、階段を駆け下りてコンビニに行けばきっと、丁度冷凍食品の納入業者が氷やアイスクリームを納品している最中だろう

毎晩この時間に見計らってコンビニに行き、その納入業者の冷凍車のドライバーを見ることで私は自分で自分を時間に縛っていたなと思った


東京の夜も本格的に寒くなってきたし、湯冷めするからお風呂から出たら身体が温かいウチにベッドに入りたい

そんな云い訳を小脇に抱えて昨日からはお風呂に入る前にコンビニで買い物を済ませていた


ベッドに腰掛けて部屋の隅にある小さな冷蔵庫の上に置かれた未開封の煙草の箱を眺めながら、一昨日の会話を思い返しそうになった

一昨日の会話、それは出来る事なら二度と思い出したくない失態とも云えるような会話だった


それを思い出さない様にと、私は別の事を考えるように努力をしていた

昨日、つまり翌日にこの煙草を買う時の駄目男くんとの遣り取りを意味もなく思い返して一昨日の会話を頭から拭い去ろうとした


実家には煙草を吸う人はなく、中高と煙草を吸う大人ともご縁がなく、私は煙草とは無縁の生い立ちでここまで来た

高校生の頃に一度だけ、クラスメイトの男子の制服の内ポケットに煙草が入っているのが見えてしまった事があった

一見真面目そうなクラスメイトで成績もそこそこ悪くはない男子だっただけにショックを受けたのを覚えている

先生に密告するべきか数日間独りで悶々と悩んだのを思い出した

煙草を吸うクラスメイトのその男子が当時の私には極悪人に見えた


考えても見れば喫煙なんて二十歳を過ぎたなら法律でも認められているし、親が煙草を吸う家庭なら何の抵抗も無かったのだろう

そして私は今年になって法律でも喫煙が認められる年齢になった

私が煙草を吸ってはいけない理由はひとつもないと気付いた


確か赤と白の柄だったと思った

煙草の銘柄などひとつも知らないし、普段買い物をしているコンビニのレジの上に並んだ煙草の見本を見て初めてこんなに沢山の銘柄があったんだと驚いた

煙草の買い方なんて全く知らなかったけれど、赤と白の柄の煙草を1つ選んでその見本の脇に書かれた番号を駄目男くんに告げてみた


駄目男くんは何の躊躇もなく私が告げた赤と白の煙草の箱を棚から1つ取って「こちらでよろし・・・」と私に確認する台詞を吐いた

台詞の最後までが聞き取れないのは安定の駄目男くんクオリティだけど、普段の買い物の時と違う台詞を聞くのは新鮮だった

私は「こちらでよろしい」かどうかも自信なかったし、普段の遣り取り以外の台詞が最後まで全部聞き取れなかったのもあって「はぁ?」と聞き返した

駄目男くんは私の返事なんて聞きもせずに「年齢確認のボタンを・・・」と、次の台詞をモゴモゴと云っていた

年齢確認のボタンってなんだろう?

云われてみれば私は間違いなく成人はしたけどそれを証明する免許証も何も持ってはいない

もしかしたら煙草を購入出来ないのではないだろうか?

まさか未成年と疑われて何か面倒臭い事になってはしまわないだろうか

一瞬だけ慌てた私に目もくれずに駄目男くんは軽い呆れ顔で手を伸ばしてレジの私側を向いているモニターに表示されている「20歳以上です」と書かれた部分をタッチした


なんとか事無きを得て煙草を一箱購入する事には成功したものの、煙草の吸い方が分からなくて丸1日この煙草の箱は小さな冷蔵庫の上に置きっぱなしになっている

もしかしたらこのまま開封される事もなく私に捨てられてしまうのではなかろうかとすら思えてきた


またその忌まわしい一昨日の会話を思い出す前に眠ってしまおうと思いながらもう一度その冷蔵庫の上の未開封の煙草の箱に目を向けた

そしてある大事な事に気付いた


そっか、明日はライターを買って帰ろう

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