コンビニにて:第7話
不動産屋さんから徒歩圏内のコインランドリーを2軒教えてもらっていたけど、実際に暮らしてみると更に3軒のコインランドリーを自分で発見して、今私のテリトリーには5軒のコインランドリーがある
地元ではコインランドリーなんてあったのかも知れないけど見た事がなかったから、こんな都会なのにコインランドリーがあちこちに点在している事に初めは驚いたものだった
そして最寄りのコインランドリーを2軒しか紹介してくれなかったあの不動産屋さんはきっと、地方出身者の「徒歩圏内」を舐めているのだろう
1番近いコインランドリーは古びた銭湯に隣接していて洗濯機の数も少なくて若干薄暗いので私は2番目に近い小綺麗で明るいコインランドリーを主に利用している
ここには洗濯機だけではなく奥の方にコイン・シャワーもある
上京したての頃に物珍しくて一度だけこのコイン・シャワーを使ってみた事があった
最初に数百円投入すると3分間だけシャワーからお湯が出る仕組みになっていて、時間が足りなかったら追加で100円毎に1分間の延長が出来る
決まった時間内に追加の100円を投入しないと鍵が掛かってシャワー・ルームの洗浄が始まってしまうので急いで脱衣室に移動しておかなければならない
3分もあれば充分だと思い、頭の中で180秒数えながら挑んではみたものの、まんまとシャンプーを洗い流す前にタイム・オーバー
慌てて追加のコインを投入してなんとか洗いきった
ちょっとしたゲームの様で楽しいとは思ったけど、その1回限りで私がコイン・シャワーを利用することはなかった
今日もその2番目に近い小綺麗なコインランドリーに来ていて、洗濯が終わった洗濯物を乾燥機に移し変えている時に30代くらいのカップルが入って来た
2人とも軽く酔っ払っている様にも見えた
2人はケラケラと下品な笑い声を上げながら真っ直ぐにコイン・シャワーに入って行った
1人で身体を洗うのがやっとだと云う狭さの個室に2人で入り、中から鍵を掛けた後もその下品な笑い声は漏れ聞こえて来た
数分で出てくると思っていたけど2人は中で楽しんでいる様で、追加のコインで何分も延長しているのだろう
私はそのカップルが出てくる前に乾燥機が終わってコインランドリーを出れたらなと思いながら乾燥機の残り時間を表示しているデジタルの表示と睨めっ仔をしていた
想定はしていたけど、コイン・シャワーの個室から聞こえていた笑い声は静まり、やがて女性の喘ぎ声に変わった
喘ぎ声と云うよりは叫び声にも近い歓喜の奇声で、聞いている私の方が小っ恥ずかしくなるほどだ
ノックでもして「全部丸聞こえですよ」と教えてあげたかった
乾燥機が終了のブザーの音と共に止まり、私はカップル2人が出てくる前に立ち去ろうと思いいそいそと乾いた洗濯物を紙袋に詰め込んでいた
ガチャっとコイン・シャワーの扉が開くと同時にまたケラケラと云う笑い声がコインランドリー中に響いた
私は2人の方を見ないように努めながらも洗濯物を紙袋に入れ終えてしまい、2人が出ていくまで振り返らずに遣り過ごそうと意味もなく乾燥機の中を覗いたりしていた
コインランドリーの出口の辺りで彼氏が大声で「ふぇ~ぃ♪テァックス~ィ」と云うのと同時にまた彼女の下品な笑い声が聞こえて来た
良い歳したオトナが何やってんだか
濡れ髪で寒空の下でタクシーも拾えずに風邪でも引いてしまえば良いのに
下品な彼女の笑い声が聞こえなくなるのをしばらく待った後、私も紙袋を片手にコインランドリーを後にした
コインランドリーから自宅に帰る為に私は大通りへ出た
こんな夜中でも車や人が行き交う大通りはなんとなく安全な気がして夜歩きはなるべく大通りを通るようにしていた
自宅の隣のコンビニの明かりが見えてきた辺りでふと目の前に見覚えのあるトラックが停まっているのに気付いた
車のナンバーまでは覚えていないけど、おそらく隣のコンビニに冷凍食品を納入する冷凍車だろう
時間の調整でもしているのか、もしくはこの位置からコンビニの前からタクシーやお客の車が出払ってトラックを停めれるタイミングを待っているのかも知れない
一瞬、トラックの脇を歩かない為に大通りから路地に入って一本裏の飲み屋街に進路を変えようかとすら思った
最後に、このトラックのドライバーさんと会話を交わしてしまった事で面識が出来てしまったし、私の可笑しな挙動や言動で間違いなく私は変なヤツ認定を受けている
私は俯きながら髪で顔が見えない様にして早足でその停車しているトラックの脇を通り過ぎようと思った
丁度トラックの運転席の辺りの横を通る時に、ドライバーさんがこっちを見ていないか、見ていたとしても私の事を私だと気付いていないか確認したい衝動に刈られた
けど、万が一それでドライバーさんと目でも合おうものなら変なヤツ認定の上塗りになってしまう
早足でトラックの脇を通り過ぎると私の足は自然と小走りになり、そのままの勢いで自宅マンションまで辿り着き階段を駆け上がった
ボロい鉄製の階段を音を立てながら駆け上がってる最中に、大通りをトラックが減速しながら通過して丁度コンビニの前辺りで停まった様な排気音が聞こえた
私は大通りを見下ろす勇気もなく急いで玄関に上がり後ろ手に玄関のドアを閉めて、靴も脱がずにしばらく立ち尽くしたまま呼吸を整えていた
そして、そんな自分を俯瞰しながら呟いた
まったく、良い歳したオトナが何やってんだか
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます