夫婦喧嘩


 嫌になるなぁ。


 帰り道、家まであと五十メートルというところで、ふとそんなことを思った。


 家には喧嘩したせいで機嫌の悪い妻がいる。本当にくだらないことで意地張って、素直になれず、お互い後に引けなくなってしまったのだ。


「はぁ……」


 足の速度を落とした。かといって、こんなところで立ち止まっていても仲直りなんてできない。


 普通に謝って許してくれるか不安だ。そこで、少しばかり卑怯な手を使おうと思った。


 鍵を開けて家に入ると、部屋の奥からハンバーグのいい匂いが漂ってくる。僕がただいまと言うと、彼女はぶっきら棒におかえりと返した。その素っ気なさに挫けそうになったが、めげずに彼女の背後へ近づく――


 僕は彼女を背後からぎゅっと抱きしめた。


「なっ……」


 彼女は急な出来事に動揺して、料理の手を止めた。


「昨日はごめん。言い過ぎた」


「……うん。私こそごめん」


「好きだよ」


「ありがとう。私も好き」


 彼女の首がこちらに回り、目と目が合った。そのまま流れるように唇を重ねた。長いキスが終わっても、お互いに見つめ合って照れ臭くなる。


「あっ!」


 彼女は慌てた様子で前に向き直ってハンバーグを裏返す。でも、もう遅かった。ハンバーグは焦げて悲惨な状態になっていた。


 今度は恨めしそうな鋭い目つきがこちらに向いた。


「もう、あなたが変なタイミングで抱きつくから――」


 この後、めちゃくちゃ叱られた。

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