恋のキューピット
あの2人が手頃かな。いや、あっちのペアの方が良さそうだ。
狙いを定めて、矢じりがハート型になっている矢を放った。雲の上から地上に向かってぐんぐん速度を上げて急降下する。そして、ポスンッという小気味よい音を鳴らしてとある男性に刺さった。
よしっ、命中。とりあえず進展するまで前に作ったカップルの様子を見に行くとしよう。
満面の笑みを浮かべて雲の上を移動する。今日も楽しい一日を送るのだ。
***
あっ――
胸が締め付けられるように苦しくなった。ゆっくりと、そして、弄ばれるように胸が熱くなる。隣の席に座っていた藻奈(もな)が見せた何気ない笑顔に心を奪われた。たったこの一瞬で僕は藻奈に夢中になった。
彼女の言動一つ一つに目、耳を向けてしまうようになった。彼女の前では何も考えることができなくなった。1人でいる時は彼女以外のことを考えられなくなった。
日を重ね、今まで意識していなかった彼女のことを一つずつ知っていった。知る度に彼女への好意が増して、気持ちが独りでに昂ぶっていく。
まずは話しかけた。何気ない話でも緊張してしまう。それでも頑張って話して仲良くなった。趣味が同じだったこともあり、2人で遊びに行けるほど仲良くなった頃、僕の気持ちは既に押さえきれなくなっていた。
仲良くなるにつれて自信もでてきた。話すにつれて緊張も薄れてきた。僕が笑えば彼女も笑ってくれた。
「ちょっと相談があるんだ」
僕は彼女の相談を快く引き受けた。
「私……好きな人いてさ……」
彼女の顔がほんのりと色付いてゆく。紅くなってゆく。そして、恥ずかしげに次々と詳細を口にする。彼女のこんな顔、今までに一度だって見たことはなかった。――僕は所詮友達であった。
「――だからさ、私との仲を取り持ってほしいの」
「……」
躊躇った。ここで負けを認めるのか。本当に負けを認めていいのか。易々と彼女を渡していいのか。
しかし、彼女がさっき見せた笑顔は、心の底から幸せが溢れていることは完全に理解していた。僕が彼女にあんな笑顔をさせることができないことも理解していた。
「あ……やっぱ人に頼っちゃダメだよね。ごめんね。自分でなんとかするよ」
「い、いいよ、手伝うよ」
僕は負けを認めた。認めざるを得なかった。曇った彼女の表情には勝てなかった。
「ほんとに⁉︎ ありがとう!」
目を輝かせ、僕を見つめる。そして、僕の手を取って大きく振った。明るすぎて軽く目を閉じた。手が触れて鼓動が早くなる。うるさいくらいに鳴る。
結果、彼女の恋が成就するその時まで、彼女と一緒にいられた。裏を返せば、僕はそれ以降彼女と一緒にいることはなかった。
***
雲上に響く甲高い笑い声。その主は紛れもなく恋のキューピットであった。
「前のカップルはくだらないことで喧嘩して別れるし、こっちは無残に破局ですか!」
とことん面白がって、人間を小馬鹿にする。
「はぁ……これだから恋のキューピットはやめられない」
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