フィクションライン

【七夕】


『空と両想いになれますように。』


 短冊に書いたは良いものの、それを飾ることはできなかった。書いたという事実だけで自分を満足させ、力強く消した。


 彼女の書いた短冊を見た。両想いになるというぼくの願いが叶えば、彼女の願いは消える。


『好きな人の願いが叶いますように。』


 ありきたりな願いだと笑われたっていい。自己犠牲、偽善者扱いもなんてことない。ぼくと君は天の川を越えても出会えない。一年かけて一センチも近づけない。連絡先を交換しているとはいえ、七年も経てばぼくたちの糸は廃れているに決まっている。


 さようならすらも言えずに明日を迎え、おはようも言えずに時は過ぎる。歩く道は、輝く星々は、全てフィクションだ。



【学園祭】


 喧騒のせいで君の声を忘れた。耳を澄ましたところで君の声は聞こえない。聞こえたとして、それは幻聴だ。


 学年カラーの赤と学級カラーの青で作られたミサンガに目をやる。これを渡すことは告白と同じ意味を持つ。そして、渡さなかった、あるいは渡せなかった場合は、キャンプファイヤーの時に燃やす。ぼくの学校にはそういう風習がある。


 燃え盛る炎へミサンガを入れる人たちと、その光景を遠くから眺める人たち。ぼくは前者だ。空に渡せなかったミサンガを手のひらに乗せてみる。しかし、ぼくはミサンガを燃やすことはできなかった。気持ちすらも灰になってしまいそうで怖かったからだ。


 七夕の願い事は叶わなかったらしく、空は切ない表情でミサンガを火の中へ投げた。


 でも、臆病なぼくは何かが起きそうな次のページを破れないようポケットにしまった。くだらない日常ですら変わって行くというのに、ぼくは変化に怯えて立ち竦んだ。



【クリスマス】


 クリスマスイブに君をデートへ誘った。友達にデートの誘い方を聞いて回って、何度も脳内練習した。一世一代の大勝負のつもりだったが、君の予定は先に埋まっていた。それが本当かどうかはわからないが、断られたことは事実だ。


 君のいない世界の物語へと慎重に書き換えていく。現実逃避ではなく、君がいない世界が現実であると錯覚すればいい。


 頭は騙せても、心は騙せなかった。いらないそれを部屋の隅に置いた。色褪せるその日まで、ぼくはリアルを放棄する。君がいないのなら、失くす意味だってなくなるのだ。



【卒業式】


 きっかけはふとした瞬間に訪れる。デートに誘ってから一年と少し、気まずくて会話すらしていないぼくに君は話しかけてきた。


「私たち三年間同じクラスって運命的じゃない?」


「あ、あぁ……そうだね。でも、ほとんど話していないよね」


「それも含めて運命的じゃない? このまま高校生活がずっと続けばいいのに」


 これは夢か、はたまた嘘か。


 彼女の横顔はぼくに向けられたものではないと思った。思っていながらも、ぼくは気づいていないフリをした。その罪は重かった。



【大学生活】


 君は卑怯だ。大してぼくのことが好きじゃないから、ぼくをいいように利用する。もちろん、ぼくは断れない。だが、不満が積もりに積もってぼくは彼女の家を飛び出した。


 それから二十四時間が経った。君がぼくのことを必要としてくれるだけでよかったのに。彼女から寂しいって言葉をもらいたかった。その気持ちは口移しでも届くことはないだろう。


 もう恋なんて言葉で表せないかもしれない。いつかぼくが願った想いは、梅雨明けの雨が連れて行った。


 おもむろにたばこに火を付ける。何本目だろうか、数えるのも怠い。ぼくは彼氏失格なのだろうか。この苦い気持ちは君の甘い匂いで漂う煙の臭いごと消してほしい。


 いっそ、君の気持ちを全部聞いて嫌いになりたい。


 こんなにも悩んでいるというのに、お腹も喉もうるさいものだ。灰皿にたばこを置き、ジュースの入ったコップに手を伸ばした。不愉快なほどに甘いジュースは馬鹿みたいにぬるかった。


 君はぼくのことどう思っているのだろう。やっぱり献身的な使えるやつなのかな……。そう思うと段々と悲しくなってきた。


 ぼんやりと天井を眺め、空腹から逃れようと椅子から立ち上がる。


 その時、スマホから通知音が鳴った。ぼくは反射的にスマホの画面を開き、通知内容を確認した――


 空からのメールだ。内容は普段と変わらない、ぼくを利用するようなメールだった。そんな通知の一つで安心できるぼくはバカなのだろう。


 赤と青の枷が視界の端に映る。やはり、君じゃなきゃダメみたい。



【私のフィクションライン】


 あなたが私を好きになって、怖いくらいに依存してほしい……なんてね。望まなくたって、事実なんだから。


 未来は想像通り。あなたは私とたばこが好きで、私は愛を愛する。理想絵図なんかじゃない。あー聞こえなーい。


 曇った空に映るものは不確かなものだから、私の見ているリアルはフィクションだ。あなたがミサンガを燃やしたことも、クリスマスに私をデートに誘えなかったことも全部。


 憂鬱なフィクションは私の中で眠っている。思い通りにいかないことは全部塗り潰す。新しいページは破いて捨てる。


 あなたの愛や優しさに向き合うことが怖いから、私は私のフィクションラインをひたすら歩くだけ。

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