第134話

「意外と簡単に片付いて良かったですな」

「まったくだな」


 2体の魔王のホムンクルスを片付けて、次のホムンクルスの元へ向かう軍人達。

 わずかな弛緩と、最低限の警戒心をそのままに彼らは口を開く。


「司令部からの連絡は?」


 約33人の中で、先頭の隊長格の軍人が横の通信兵へと尋ねた。

 しかし、彼は首を横に振る。


「ありません。どうやら敵の攻撃によって魔力による連絡手段が断たれているようです」

「なんだと?奴らはそんなことまでやってのけるのか?」

「狙って…かはわかりませんが、ドラゴンブレスに含まれる高濃度の魔力が我々の無線機の魔力無線に干渉して、周波数の固定がうまくいかずに無力化しているようです」

「軍用だぞ?それにさっきまでは通信できていたが…」

「軍用だからこそさっきまで通信ができていた、と言うべきでしょうね。

 防壁にドラゴンブレスを喰らってから結構経ちますし、ブレスに含まれていた高濃度の魔力が霧散、拡散し続けた結果、電波欺瞞紙チャフのような効果を発揮したんでしょう。我々のヘルメットに内臓している小型の無線機程度ではダメみたいですね」


 高濃度の魔力は物質化する。

 ドーラのドラゴンブレスには太陽光由来の膨大な熱エネルギーとそれをブレスとして放つための魔力、すなわち集束や射出するための高密度の魔力も含まれている。

 この魔力が大気中に拡散、細かいチリレベルの物質となって魔力を使った通信機器の魔力電波を吸収、反射、干渉して、阻害しているのである。

 サドラン帝国では巨大兵器を扱うことが多く、その中には魔力を大量に使う物もあるがゆえにそうした魔力阻害は想定した上で通信機器が配備されているはずではあるが、ドーラのドラゴンブレスにはそれらの想定をぶち抜くほどの魔力が含まれていたようである。


「司令部と連携が取れないのは厄介だな。伝令兵を出すべきか?」

「戦力の分散は避けるべきでは?どうせやる事は変わりませんし、通信が繋がらない以上、何かあるたびに兵士を行き来させるのは時間のロスが大きいです。しかも、我々の無線機と監視カメラの無線機能は同規格だったはず。仮に司令部に人をやっても敵影が何処にいるかなどの情報は得られない可能性が高いです。すこしでも遅延戦闘が上手くいくように報告は後回しで、侵入者の排除に専念するのがベターかと」

「…今は仕方ないか。こういった時用にアナログ式の通信手段も用意するように進言せねば」

「まあ、大型兵器を扱う以上、うちの通信機器は魔力による電波阻害にはかなり強いはずですが…実戦にて想定外というのは良くあるものと聞きますし、臨機応変に対応していくしかないでしょうね」

「うむ。それにしてもあいつらは何なんだ?あんな生き物、未だかつて見たことがないぞ」

「…司令部ではゴブリンの一種なのではとは言われてましたね。私達も一応はゴブリンとして扱ってますが…ほとんど絶滅した類人猿の中でもいくつかのゴブリンは生き残っているという話ですし」


 その言葉に対して別の隊員も話に加わる。


「軍学校時代に見た資料にはあんなゴブリン記されてなかったぜ」

「あの凶暴性と見た目からして今まで発見されていないというのもおかしな話です。

 どこかの国の生物兵器だと考えるのが一番自然では?」

「おっそろしいね」

「生物兵器だとしてどこの国があんなもん創ったんだ?

 鳴き声も気持ち悪いし、趣味が悪いぜ。きっと作成者は見るに堪えない豚野郎だな」

「お前ら、お喋りタイムは終わりだ。次のターゲットがいる場所が見えてきたぞ。武器を構えろ」


 先頭を歩く隊長がハンドサインで止まるように命令、そのまま速やかに部隊が展開してターゲットの魔王のホムンクルスがいると思わしき場所を包囲していく。

 味方が銃の射線に入らない位置を確保しつつ、向かった先は青果店だ。


「荒らされた後はある。が、姿は見えないな。移動した後か?どこへ消えた?」

「隊長、どうします?」

「……相手の俊敏性や防御力を鑑みるに戦力を分けるのは愚策だろう。だが、現在進行形で巨大生物どもに攻撃を受けている今、時間をかけるわけにはいかん。何をするか分からない相手でもある以上、時間を与えたく無い。

 …隊を3つ、いや、2つに分けて、索敵、発見次第、討伐とするしかない」

「工作兵が数人います。彼らが持ってる端末で近くにある監視カメラにローカルネットワークで繋げば、去っていった方角くらいは分かるかもしれません」

「それなら監視カメラの映像を見てから分けるかを決める。すぐに取り掛かってくれ」


 その言葉に数人の工作兵が端末片手に監視カメラへ接続、映像データをすぐさま確認する。

 高濃度の魔力は監視カメラ内部の無線機能のみに悪影響を与えたが、映像を撮る機能自体には問題なかった。

 ローカルネットワーク、すなわちカメラに近づいてのデータのやりとりと言えども電波でやり取りするのには変わらず、工作兵の持つ端末へ送られる映像データは見にくいものではあるが確かに魔王のホムンクルスを捉えていた。

 青果店でひたすらに食べ物を食いあさっている。


「…こいつら俺らを攻めに来たんですよね?この状況で餌を食うのに夢中になっているって、こんなんが生物兵器ですか?

 兵器と言うには畜生が過ぎると言うか…」

「かといってたまたまこのタイミングで侵入してきた野生動物と言うには色々と無理があるだろうよ」

「生物兵器の実戦試験とか?」

「まだ、未完成品という事ならば…不思議ではないか?」


 少しばかり拍子抜けしたとばかりに息つく軍人たち。

 しかし、動画を見ているうちにすぐにその余裕も消え失せた。


「おいおい、マジかよ」


 誰かが思わず嘆きの言葉を吐く。


「…隊長、これは…」


 映像の中で魔王のホムンクルスは自らの顔を両手で掴み、左右に引き裂くような動作をしたと思ったらそのまま左右に裂け、一体が二体になったのだ。


「…いかん。いかんぞ!先刻倒した奴らは司令部が見過ごしたのでない!一体が二体に増えた結果だったのだ!!」


 すぐさま魔王のホムンクルスが確認されていた数より多かったカラクリに気づく。

 だが、それは致命的と言えるほどに遅い気づきであった。


「すぐさま戻って…いや、この短時間で二体に増えたのであれば、もはや手遅れ…」

「隊長!あちらを!!」


 隊長が隊員の1人が指を指した方向へ視線を向けると、そこには10体を超える魔王のホムンクルスが走り寄ってきていた。

 民家で倒された2体は彼らに死んだと思わせるための囮であり、本命である一体がここに来るまでに、倒された2体を含め食べられそうなものを食べて分裂した結果だ。

 そして、それは今この瞬間も続いている。

 そのことを理解した隊長は叫んだ。


「全員、一点突破だ!!司令部を目指すぞ!!」

「隊長!?それではコイツらを引きつれる事になりますっ!?」

「そんなことはどうでも良い!!この情報を何としても他の街へ伝えなくてはならん!!もうこの街は!私たちは終わりだ!!だが、他の街は違う!」


 迫り来る魔王のホムンクルスへ向けて銃弾を浴びせながら、前へ突き進む隊員たち。

 だが、ただでさえ身体能力が高く、弱点が小さいホムンクルス達に薙ぎ倒される兵士たち。


「小型の無線がろくに使えぬ今、他の街へ通信が可能な設備があるのは司令部のみ!あとは分かるな!?」

「り、了解っ!!」

「死力を尽くせ!!どうせ死ぬなら前のめりで死ね!!」


 同胞が2度と同じ轍を踏まぬように、彼らは死兵となりて、司令部へと向かった。

 1人、また1人と命を散らし、残ったのは2人だけ。

 2人であれど情報を伝えるだけであれは十分である。


 だが。


「隊長、司令部が…」

「くそったれめっ、遅かったか」


 街に侵入した魔王のホムンクルスは一体ではない。すでに別個体が分裂を繰り返し、群れとなって司令部を襲った後であった。

 こうなっては巨大なナマコらしきやつも加わり、この街は数時間と持たず陥落するだろう。

 指揮系統が混乱し、火がたちのぼる司令部を眺めながら割れた窓ガラスを踏みしめて隊長は絞り出すように言う。


「通信機器は無事だと思うか?」


 との疑問に


「狙って壊しにかかるような知性は感じられませんがね」


 あらぬ方向へ曲がった腕を押さえながら、隊員の1人が応えた。


「こんな状況だ。こうなる前に誰かしらは報告を行っているはずだが…分裂することを伝えたかは分からん。単に侵入されただけと考えていたなら…」

「そいつは…考えたく無いですね。もう自決用の弾薬も使いきっちまってるんですよ?中で出くわしたら生きたまま頭からマルカジリされるしかないじゃないですか」

「その時は俺が身代わりになってやるさ。情報を送るための端末は落として無いだろうな?」

「ええ。もちろん。目の前でガブガブされながらも託されたモンです。死んでも落とす訳にはいかないでしょう」

「上等だ。さあ、行くぞ。通信機があるのは…確か一階の奥だったな」

「…ぉぽ」

「ええ…そのはずでっ!!?危ない!!」


 突如として降ってきた魔王のホムンクルス。

 隊長を庇って、隊員の1人が魔王のホムンクルスにのしかかられる。


「馬鹿野郎っ!身代わりの身代わりになるやつがあるか!!今助けるぞっ!!」

「隊長っ!こいつをっ!持ってっ!端末を…ここは俺に任せて行ってください!!」

「…ばっ、なっ、おまっ、俺に、俺が…くそったれがぁっ!!!」


 隊員が丸齧りされ、食いちぎられる音と悲鳴を背に隊長は走る。


「ぉぽぽ?」


 しばらく走れば、すぐに出くわすホムンクルス。

 司令部にあった死体を食い漁っていた個体のようだ。

 まだ生きた人間が居たのかと、僅かに驚いたような仕草を見せる。


「失せやがれ!」


 道中、抵抗したのだろう。

 誰がが落とした拳銃で弾丸をばら撒きながら、走りは止めない。

 だが、魔王のホムンクルスもすでに銃の相手は学習していた。

 自身の体に致命傷を与えることが殆ど無いことを理解していたホムンクルスは防御姿勢をとることすらなく、飛び跳ね、壁を蹴り、三次元的な動きで急所たる眼球などに銃弾が当てられにくいようにしながら急接近。

 隊長が撃ってきた拳銃ごと腕を握りつぶした。


「ぐぎっぃいっっ!ってぇなあっ!!」


 そのまま引っ張り上げて喰らってやろうとしたところで、口の中に硬い何かが入り込む。


「血生臭ぇんだよっ!軍人流のブレスケアを教えてやるぜっ!!」


 彼が持ってたのは虎の子の手榴弾である。

 食らおうとして口を開けたところに放り込んだ。

 そして爆発。

 口の中からの爆発はひとたまりもなく、ホムンクルスは力が抜けて、倒れ伏す。


「いってぇ…っくそ…利き手が潰されたのは厳しいな。左手じゃ碌に当てられないが…まあ、別に良いか。目眩しにしかならんようだし…っ…いてぇなぁおい」


 とぼやく間も足は止まらない。

 その甲斐あって通信室にたどり着いた。


「ここも血塗れだな…頼むから活きててくれよ」


 中に入ると血塗れな割に死体は無い。

 魔王のホムンクルスが平らげたからである。


「血塗れだが…よかった、活きてるじゃないか…」


 目当ての通信機は血だらけにも関わらず壊れていない。

 そして通信はすぐに行えそうだ。


「端末を接続して…くそっ、左手だけじゃやりづらいな…よし、繋がった。後は…大丈夫そうだな」

「ぉぽぽぽっ」

「…もう追いついたか」


 隊員を喰らって、2体に分裂した魔王のホムンクルスが通信室へ入ってくる。


「アイツは美味かったか?教えてくれよ。あの世に行ったらアイツの肉の味を教えてやりたいのさ」

「おぽっ」



 超巨大都市ゴモラン、陥落。





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