第97話
「くそったれっ!!何体でてくるんだよっ!!今ので50は殺したぞっ!!」
フォルフォー少年が叫んだ。
キノコマンとの戦闘が開始してから早くも30分ほどが経過した。
次から次へと現れるキノコマンを倒していくがキリがない。
だったらとばかりにアルルを殺すか人質にするかを考えるものの、2人の少年を仕留めるにはしばらく時間がかかりそうだと判断したアルルは姿を消していた。
キノコマンを倒せねば彼らに休息の二文字はない。
ジリ貧であった。
不幸中の幸いはキノコマンがさほど強くないという点である。
実の所、キノコマンは近接戦に向かない。
曲がりなりにも傑物の2人の少年に対してある程度やりあえているのだが、逆に言えばそれなりに優秀な2人を相手に手こずる程度の戦闘能力しか持たないのである。
確かに魔王キノコたるキノコマンは高い生物強度、超キチン肉による身体能力は確かに油断ならないものであるが、所詮はキノコ。
キノコの繊維は人間の筋肉のように複雑に絡み合って色々な動きができるようにはなっていない。
関節だって無い。
なぜならばキノコだからである。
動物ではなく、もっと言えば他の生き物で言うところの卵に当たる胞子を飛ばして周囲に子孫を拡散させるための器官、いわゆる種みたいなものを作る花に当たる部位であり、複雑に動けるようにはできていないため、つまるところ動きは早いはずなのに、可動域が狭く、どこかぎごちなく、優れた体術を知っているわけではなく、大振りゆえにキノコマンの攻撃を避けることは難しくなかったのである。
それもそのはず。
魔王キノコのコンセプトは近接戦に重きを置いたものではない。
超キチン肉はあくまでキノコの体をある程度スムーズに動かすためのものであり、高い生物強度と合わさって繰り出される高い膂力は副次効果に過ぎない。
魔王キノコのコンセプトは『大規模攻撃』だ。
知っているだろうか?
学説の一つとして、キノコが雨を降らす、という話がある。
雨はもともと、上空にある細かいゴミを核として、そこに大気中の水分が集まって降るという話は理科の授業などで聞いたことがある人もいるはず。
ではそのゴミとは何なのか?
そのゴミの一つにキノコが放出する胞子があるのでは?という説があるのだそうだ。
キノコは雨上がりの湿気がたっぷりある時に急成長をする。
湿気が落ち着く頃にはキノコは成長しきり、胞子を飛ばす。
飛ばされた胞子はもちろんのこと一番の目的である子孫繁栄のために別の新天地に根付く。しかし一部は上空に舞い上がり、再度雨を呼び込むための雨の核になって、新天地を目指した胞子の成長や親株にあたるキノコの成長を再度促すというサイクルがあるかもしれないという。
ここまで言えばお分かりいただけただろう。
魔王キノコの持つ三つ目のスキルであるスポアストームとは限定的な天候操作を可能にするスキルであった。
胞子によって嵐と思わせるほどに大量の雨を降らせるというスキルである。
魔王キノコは水分を纏いやすく、上空まで舞い上がり易い特殊な構造の大量の胞子を撒き散らし、広範囲に大量の雨を降らせて農作物をダメにしたり、時には洪水と言った自然災害を起こして直接的にではなく、間接的に人類を間引くことを考えて作成された魔王なのである。
特に農作物にダメージを与えると言う点が大きい。
ただでさえ食糧難のこの世界で農作物をダメにすると言うスキルは凶悪過ぎた。
まあ、だからこそダンジョンに送り込まれたのだが。
魔王キノコは残念ながらお蔵入りならぬダンジョン入りとなってしまった。
というのも。理由はあまりにも被害が大きいことである。
大雨を降らすとの一言ではあまり大それた感覚を抱かないかもしれないが、冷静に考えれば分かるはずである。
雨に必要な水はどこからともなくやってくるのではなく、陸海空を、大自然を常に循環している。
強引に雨を降らせて、その循環を乱した際にどんな被害があるか、巡り巡って必要以上の被害、それこそエルルの住むプラベリアの年間降雨量にも影響があるのではないか?と考えた時、ちょっとやめた方がいいのではと考えるのも致し方ないことである。
人間どころか、他のさまざまな動植物もまとめて殺しかねない。
エルルの生活に悪影響を与える可能性も高くなる。
さらにはだ。今生において農家生まれになったエルルにとって、いざ実行しようとした際に丹精込めて育てた農作物をダメにするということに強い抵抗を感じた上、餓死させるのは流石に、こう、殺し方があまりに良心に傷をつけると言う複数の理由からなおのこと魔王キノコの力を発揮させるのを憚られてしまった。
ゆえに愛でたくダンジョン入りとなったキノコマン。
彼はめちゃくちゃ張り切っていた。
なにせお蔵入りされた彼はエルルから「使いづらい魔王ができてしまった。一つの生命体として一度生み出してしまった以上、無かったことにするのは可哀想だし、かと言って本領を発揮させるにはスキルの影響範囲が大き過ぎる…サドラン帝国にあるダンジョンにいるジョンくんへの護衛としちゃおう、菌糸領域はああいう場所でこそ効果を発揮するし。丁度何体か護衛も欲しかったし」と扱いに困って、適当な感じにダンジョン入りさせられたからである。
とはいえ、直接エルルに頼まれた仕事であるがゆえにキノコマンはやる気満々でダンジョン入りした。
が、実際はジョンくんと、ジョンくんが生み出した魔獣もどきだけで片付いてしまい、やる気は空回り。
ジョンくん操るアルルが出張るのも数回しかなく、キノコマンの力が必要となったのも、今回のフォルフォー少年とルービィ少年の2人が初めてである。
やっと出番だぞ、と張り切っていたキノコマン。
ところが。
「ルービィ、どうする?この調子なら…お前が」
「その先は言うな。フォルフォー。どこかで彼女が聞いているかもしれない。言いたいことは分かってる…だがな…さすがに…」
「俺より賢いお前なら分かってるだろ?2人で生き残るにはそれしか無いってさ。大丈夫、持ち堪えてみせるさ」
「フォルフォー…」
「2人仲良く死ぬより遥かに芽がある。任せるぜ、ルービィ」
何かしらの切り札であろう。
ルービィ少年が無防備に魔力を練り上げた。
もちろんそれを見過ごすキノコマンではない。
ソレを切る前に殺し切るとばかりに先に切り札を出すべく、キノコマンは一度に操れる体を全て、無防備なルービィ少年へと向かわせた。
その総数、55体。
無茶をしたのか、一部は歪な形のキノコマンまでもがルービィ少年へと殺到する。
「赤豪剣っ!!」
しかし、この場の誰よりも早く切り札を切ったのはルービィ少年でもキノコマンでもなく、フォルフォー少年であった。
異様に赤熱し、炎を吹き上げる剣を自身に迫るキノコマンに振るって容易く切り捨て、ルービィ少年に触れようとした数体のキノコマンもまた切り、焼き、飛ばされ、蹴散らされた。
2人の少年の優秀さから、切り札の一つや二つはあるだろうと先程までは余力を残して、同時に2、3体のキノコマンで攻めてじっくり追い詰めていたのだが、それは悪手であった。
下手な警戒よりも、初めから全力で叩き潰すべきであったことに遅まきながら気づく。
ゆえに。
ルービィ少年はその場から姿を消すことに成功したのである。
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