第98話
ルービィ少年はダンジョンから脱出することに成功した。
彼は瞬時に現在の場所から別の場所に移動する魔法、いわゆるワープだとか、転移魔法だとか呼ばれる高難度魔法を会得していた。
アルルが彼らに対してはなったデマカセである、アイテムを出し入れする腕輪に対してあり得ないものであると言う見識を持てたのも、実は彼自身がそうした次元やら時空やらに干渉する魔法の使い手だからである。
この世界において、転移魔法の技術はそれこそ誰にでも使えるくらいには確立されている技術であり、個人の持つ魔力量によって飛べる距離が違うくらいで特殊な血筋だとか先天的な生まれつきの才能は必要ない。
必要なのはただ一点。
ソレ専門の教授レベルの頭脳である。
非常に高いレベルの専門知識を学び、十全に理解することが要となる。
つまりはルービィ少年は少年と呼べる現在の段階でありながら、時空に干渉する研究を行うプロの研究者達並みの知識を持っていることになる。
それでありながらも戦闘まで行うことが出来るルービィ少年は地球で例えるならば、フェルマーの最終定理を解けるだけの学識を持ちながら、プロのスポーツ選手として活躍しているようなもの。
マルチな方面での天才っぷりを発揮するまさに100年、200年単位で1人生まれるかどうか、下手をすれば1000年に1人と言うレベルの鬼才であった。
流石にかなりの集中力を要するために、転移魔法を使う前には無防備になるのは致し方ないところであるが、年齢を加味すれば十分過ぎる能力を持つ。
さらにオマケとばかりに、魔女ほどでは無いがソレに準ずるほどには潤沢な魔力を持っているゆえ、彼は一度の魔法で数キロ、事前に記した目印を目標とすれば数十キロ単位で瞬間的に移動が可能。
唯一の欠点は魔法の対象が自分一人のみと言ったところか。
しかし、それで良い。
フォルフォー少年とルービィ少年の2人はキノコマンを倒すことができないと判断した。
よしんば倒せたとしても、その頃には2人のうちのどちらかは死んでいるか、へとへと状態でゴブリンに殺されて終わり。
どうにもならない。
ゆえに彼らは助っ人を呼ぶことを決める。
彼らを鍛えた師匠だ。
彼らの振るう剣術はもちろんのこと、転移魔法を含めた魔法全ても師匠から学んだものである。
師匠ならば何とかしてくれるはず。
意気揚々と出立して、今更助けを求めるのは格好悪いことこの上ないし、迷惑をかけることになるがきっと彼女ならば助けてくれる。
その一心でルービィは転移魔法を連続で使用する。
街に戻って馬車を借りるべきかと考えたがアルルの言を信じるならば、街中に戻るのも危険だ。
魔力が無くなるまで転移を行い、後は足が千切れるまで走り続けた。
ルービィは奮起した。
必ず、かの邪智暴虐のキノコマンを、アルルを倒し、フォルフォーを助ける、と。
ダンジョンで得られた素材から作った靴はすでにアルルによってただの布同然の貧弱な物に変えられたために、とうにぼろぼろ。
足の裏の皮が剥がれて血が噴き出ていた。
魔力を限界まで使った上で走り続けているせいか、息切れが酷く、目眩や頭痛、一部の間接まで痛み出す。
しかし、彼は足を止めない。
止められない。
今もフォルフォーが助けを待っている。
必ずルービィが助けを連れて、ダンジョンに戻ってくるはずだ。
そう信じて一人でキノコマンを相手に時間稼ぎに徹しているはずだ。
大丈夫、彼ならば持ち堪えてくれるはず。
周りからも鬼才と言われたルービィが今に至るまで、調子に乗り過ぎる性格になっていないのはフォルフォー少年というもう一人の天才がいたからである。
彼は地頭が普通よりも悪いというか抜けているところはあれど、人間離れした身体能力と戦闘感を持つ。
あいつならば、なんとか。
あいつならば、どうにか。
あいつならば、きっとそう。
耐え忍んでくれるはず。
不幸中の幸い。
ダンジョンの位置は彼らの故郷と近い。
とは言え数百キロは離れている。
師匠のところまで辿り着けば、師匠の転移魔法でなんとかなる。
だから。
だから。
だからこそ、彼は自身の体を顧みずに走り続けた。
僅かでも魔力が回復すれば転移魔法を使い、国境もまた転移魔法ですり抜けて時間のロスを無くし、ひたすらに走り続ける。
「ごほっ」
無茶のしすぎだろうか?
文字通り、血反吐吐きながらもルービィは走り続けた。
いや、魔力の使い過ぎか?
そうだとしても血反吐吐くのは可笑しい話だと頭の片隅で警鐘がなるが、ルービィはそれを努めて無視をした。
魔力もまた体を維持するための体内エネルギーの一種。
枯渇すれば当然ながら体に無視できない害を生す。
それが身体に現れた結果か、ルービィには判断ができなかった。
魔力を枯渇した際の具体的な影響を思い出せるほどの医学知識までは無かった。
もちろんこのまま走り続けて大丈夫なのかも。
しかし、彼は走る。
走り続けた。
痛みを無視して、苦しみを堪えて、嘆きを飲み込んで。
数時間は確実に経過しただろうか。
具体的な時間はあまりの疲労からか思考がハッキリとせず、とんと分からない。
しかし、ようやく二人の故郷が見えて来た。
プラベリア北端部に位置する大都市の一つである師匠の住む故郷が。
門番の姿が見え始める。
彼らと話す時間も惜しい。
「おいっ…とま…」
なけなしの魔力を使って転移魔法を使い、静止しようとする門番を捲く。
当然、そんな事をすれば街中に唐突に現れたボロボロの何かに町の住人が驚いて距離を取る。
ざわざわと何事かを話しているが、当然ながら聞いている場合ではない。
いや、聞いている余裕がない。
今にも意識が飛びそうなボロボロの何かは自らの求める場所へと歩を進める。
走っているつもりなのにその足は遅々として進まない。
もう、体の限界が近い。
ここまで来て倒れ伏すわけにはいかない。
しかし、足はいよいよ動かなくなった。
足が別の生き物のように、うんともすんとも言わない。
足の感覚がすっかり断ち消え、無いものかと錯覚してしまうほどだ。
「…ぁっ」
ならば周りの人に師匠を呼んでもらおうと声をあげようとするも声が掠れて周りのざわめきにかき消されるばかり。
「…っっっ!」
だったら筆談でと腰に備えていた小さなアイテム入れから鉛筆と紙を取り出そうとして、アイテム入れの蓋を開けようとしても、それを開けることすら出来ない。
手がうまく動かせない上に、手がやたらと膨れているように見えるほど目も霞んでいるようだ。
ここにきて本当に自分が師匠の住む都市に辿り着けたのか、不安になった。
いつから目が見えづらくなっていたのか。
ちゃんと戻って来たはずだ。
もし、別の街と間違っていたらフォルフォーはどうなる?
助けが来ると信じて待っているフォルフォーは死ぬしかないではないか。
あまりに絶望じみた未来予想にさしもの彼も目から涙が滲み出る。
どうしたら?
どうすれば?
どうすべき?
「まったく、あんたって子は…」
「…っぁぅっ?!」
だが、人々の喧騒が彼女を呼び寄せたのだろう。
長い金髪をたなびかせ、溢れんばかりの双丘を胸に、一人の綺麗な女性がボロボロの彼の前に姿を現した。
扇情的な赤いドレスを身につけ、いつの間にか『何か』の前に立っていた。
「良く頑張ったね。…本当に良く頑張った。後は私に任せて、安心してお眠り」
まるで産毛に包まれたかのように、白い糸状の何かに包まれた何かは、一筋の涙を流した後。
変形した腕を動かし、何かを伝えようとして、そのまま沈黙。
二度と動くことはなかった。
「燃えろ」
ジュボッと。
一瞬で何かは、ルービィ少年だった何かは、燃え尽きた。
「師匠、急に消えてどうし…っ今のは?」
彼女を追って来たのだろう。
一人の少女が師匠と呼ばれた金髪の女性の背後に転移魔法で現れた。
「話は後だよ。ちょいと出かけなきゃいけない急用ができた。師匠として弟子の仇くらいは取ってやらないとね」
「えっ?」
「今のはルービィだね。となると、フォルフォーは…生きているかは望み薄か…あんたは家で留守番してな」
「いや!私も行く!!いつ行くの!?準備してくる!!」
「しなくていいよ。行くのは今すぐ。だから準備なんて間に合わないからね」
と、師匠が弟子らしき少女に応えた瞬間、師匠の周りの風景はがらりと変わる。
そして、ぐちゃぐちゃの肉の塊へとスプラッタ整形されたフォルフォーの死体、それにとどめを刺した直後、数分も経っていないであろう血塗れのキノコマンを見て
「…まったく。世の中ってのはクソッタレだねぇ」
あと数分。
後数分、早ければフォルフォー少年は助かったであろう。
何時間も粘り続けたフォルフォーを仕留め、物言わぬ肉塊に変えた直後のキノコマンは唐突な侵入者に驚き、硬直し、しかし、素晴らしい反射でもって師匠に攻撃を繰り出そうとした。
しかし。
「ぜーんぶ、爆ぜろ」
ぼそりと師匠がつぶやいた次の瞬間。
キノコマンは全て吹き飛び、爆炎はそれだけにとどまらず、壁を崩壊させて周辺一帯、ダンジョンをまるごと焼き飛ばし、壊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます