第53話
骨折り損のくたびれもうけに聖女見習いがガッカリした次の日のこと。
エルルは少しばかり驚くことに出くわした。
魔王クリエイターの魔王リストから魔王ヨトウガの名前が消えたからである。
何が起きたのか。
ペット兼魔王クリエイターの力を把握するための実験体たるカマキリ、ゼルエルちゃんの後に生まれた最初の魔王、それが魔王ヨトウガであった。
最初期の魔王なだけあって、特別強力と言うわけではないが、繁殖力が非常に強い魔王として作っただけに全滅するなど考えにくいのだが。
一月に一回確認するくらいなので、どのように数を減らしたかは不明だが、同じく一月前くらいに、偵察用の魔王たる魔王蝶々に対して見たものを動画として記録できる録画機能用のスキルも付けていたのでそれでエルルが確認したところ、人類ってすごいと感心したものである。
以下が、魔王蝶々を通して確認した当時の状況だ。
「くそったれめっ!また大都市が墜とされたぞ!!たった数ヶ月で大都市が6つに超大都市が2つ!あまりにも進行速度が早いっ!!」
ここは魔王ヨトウガが間引きをしているサドラン帝国、首都サドランの軍事会議室。
そこにはお偉いさんがズラリと並び、憎々しげに顔を歪ませ、怒鳴り散らしていた。
「戦闘を繰り返すごとに敵の情報は集まり、対策は充実していきます。まだ慌てるような…」
「先月もそう言って、また一つ都市が壊滅したんだぞ!?生ぬるいことを言っている場合ではない!!」
「しかり。とはいえブルック中将の言葉にも一理ある。事実、侵攻速度は当初に比べてだいぶ落ちてきている」
「貴殿もまた馬鹿なことをっ!進行速度が落ちてはいても、敵戦力は着々と増え続けているっ!!いまはまだいい!ノウハウが蓄積し、効率的に倒せているおかげで徐々に押し返せている!!がっ!!奴らは我々が効率的に倒す以上に殖え続けているんだぞっ!?」
「サドラー大佐の仰ることはごもっとも。いずれは我々が如何に効率良く倒そうとしても、それで対応し切れないほどの数に囲まれては成す術無くやられる…この場にいる人間はすでに重々承知していますとも。だからこそっ!今回の会議を開いたのです」
「会議を開いている暇があるならば援軍を出す…」
「落ち着いてください。サドラー大佐。もちろん援軍を出します。それに伴って新兵器を使う。その兵器の運用をどうするかを話すために会議を開いたのですよ。前線から戻った直後で気が立っているのは分かりますが、その前線を押し返すために必要なことです」
「新兵器、だと?」
「ええ、兵器開発局の技術の粋を集めて作り出された三つの新兵器。これでやつらを一網打尽にします」
「こ、これは!?」
この会議から数日後。
サドラー大佐と呼ばれていた男は魔王ヨトウガと戦う前線基地となる大都市にいた。
「サドラー大佐!?戻られたのですね!?軍上層部はなんと!?」
「うむ、援軍はもちろんのこと新兵器も配備してもらえるようだ」
「新兵器、ですか?」
「ああ、見ろ。早速、投入されたぞ」
「あ、あれが新兵器?」
現在の魔王ヨトウガはサドラー大佐のいる大都市に接近中で、あと半日で接敵すると思われていた。
その半日という僅かな時間に新兵器が配備される。
そのうちの一つが、街の周辺へと次々に設置されていった。
「あれは…なんなのでしょうか?見たところ碇、ですか?」
「その通りだ。敵性魔獣、巨大蛾の数は今や億を超えている。それに対して点での攻撃でしかない銃は不効率極まりない。剣で叩き斬ろうにも、空を飛んでいるしな。そこで生み出された巨大蛾専用の戦車があれだ。名をアンカータンクと呼ぶらしいな」
アンカータンクと呼ばれた戦車は大砲の代わりにアンカー、すなわち船が停泊する際に海中に落として波に流されないようにするための碇、と呼ばれる巨大なフックのような形状をした鉄の塊を射出することができる。
当初、魔王ヨトウガに対して使われた武器は銃火器やアドラールの矢と呼ばれた30センチほどの鉄球を連射する戦車のようなものであった。
しかし、これらには魔王ヨトウガを相手するには不十分だと判断された。
空を覆い尽くすほどの数がいるとは言え、銃弾は点での攻撃、もとい1発の弾丸で倒せる敵が非常に少ない上、1発で必ず1匹を仕留められるわけではない。
あたりどころや距離によって数十の弾薬を必要とする場合もあり、あまりにも弾薬を消費し過ぎる。
大量にいる魔王ヨトウガを斃すには、確実に弾薬が足らなくなることは分かっていた。
アドラールの矢も同じことだ。
30センチの鉄球を射出する分、あたりどころが悪くても数発で倒せたが、いかんせん1発1発のコストがかなり高い。
そういう意味では普通の銃弾と変わらなかったし、なによりもアドラールの矢は元々は竜を相手にするのを想定した兵器であり、今やサドラン帝国近辺には竜種がほぼ生息していないために打ち出す鉄球はもちろんのこと、アドラールの矢自体の数が非常に少ないのであまり当てにできない。
使われないということで生産されたアドラールの矢のほとんどは解体されてしまった後だったのである。
そうした諸々の状況を踏まえてサドラン帝国の軍部が作り出した兵器のうちの一つがアンカータンクである。
この戦車は大量にいる魔王ヨトウガを相手にするため専用の兵器として急ピッチで開発された。
銃弾になるアンカー、すなわち碇には鎖が繋がれており、これが戦車の砲身につながっていた。
さらにアンカータンクの砲身はかなりの速度、かつ自由な角度で回転できる。
つまりこのアンカータンクと言うのは射出した碇を振り回して範囲攻撃を行うと言う、ある意味、格闘戦をする戦車として作り出されたのだ。
振り回された碇に当たればもちろん魔王ヨトウガは爆散するし、碇に繋がっている鎖部分に当たれば千切れ飛ぶ。
かつ、碇を振り回しているだけなので弾薬として消費することはないと言う、継戦力に優れた世にも珍しい格闘を行う戦車というのがこのアンカータンクであった。
とはいえ新造兵器なため欠点がいくらかある。
まず、碇を振り回すと言うのはつまり巨大な鉄の塊を振り回すと言うこと。
碇にかかる凄まじい遠心力によってアンカータンク本体が倒れたりしないようアンカータンクはかなりの重量があり、その重さは同じ大きさの戦車に比べてほぼ2倍。
そのため、燃料費がかなり嵩む上、運搬が大変、アンカータンクそのものの機動性はゴミと非常に嵩張る戦車となっていた。
さらにはそれだけの重量であっても碇に引っ張られるので、その場に本体を固定するアンカーを地面に打ち込まなくてはいけず、射出するまで数十分、一度設置すると再度移動するのに数十分の時間が必要という、かなり機動性が悪い戦車となっていた。
とはいえ、新兵器は他に2つもある。
サドラー大佐は万全の準備を整えながら半日という時間を過ごした。
そして夜。
「巨大蛾の姿を確認!!サドラー大佐っ!!」
「…諸君。サドラン軍人の力を見せてくれ」
サドラー大佐の開戦の合図に集まった軍人たちが一斉に返事をする。
「皆殺しにしてくれる、羽虫風情が」
魔王ヨトウガとサドラー大佐率いる大軍の戦いが始まった。
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