第52話

「…はっ。俺は…っ!ちぃっ、ほんの一瞬とはいえ、気絶していたのか!?」


聖女見習いに会心の一撃を貰ったスタークは一瞬、意識を飛ばしていたがすぐに目覚めた。

スタークは即座に口から溢れた唾液を拭き取り、自らの傷の具合を確認する。

傷は彼の服の下に着込んでいたスーツを貫通して、肉がえぐれている上に、その下の肋骨も数本折れていた。

血を吐いていないことから内臓は傷ついていないようなのが幸いである。

ただ、吹き飛んだ際に銃は落としたらしく、もうそれに頼ることは出来なさそうだ。


「ううむ、あれで貫通しないとか貴方達、人間離れしてますねぇ」

「ふざけんな、アームズスーツを素手で打ち抜くお前に言われたかない」

「アームズスーツ?なんです?それは?」

「…説明したら見逃してくれるかい?」

「ははは、まさか」

「…だろうな。まあ、俺は親切なスタークの名で通ってるくらいの男だ。少しくらい話してやるよ」


スタークは軽口を叩きながら、相棒のジェイクを盗み見る。

スタークと違って、頭に直接打撃を受けたせいか完全に気絶しているようで、ジェイクを助けるにせよ、見捨てて逃げるにせよ時間を稼ぎたいところ。


「アームズスーツはアームズシェルの民間向けの廉価版でな。民間向けってことでアームズシェルより性能は劣るが、膂力増強、耐衝撃、耐刃は当然ながら保温性、通気性も高い戦闘服みたいなもんさ」

「いや、そもそもアームズシェルとやらも知らないのですけれども」

「アームズシェルってのは軍部の特殊部隊にのみ支給されるって言われてる高性能な鎧みたいな物でアームズスーツに比べて、膂力やら防御力が格段に高いとか聞く。アームズスーツはそれの弱体化版ってとこだな。驚くことに弱体化版と言っても、通気性や保温性は一切変わらず、むしろ多少向上しているくらいで、かつ防刃性能なんかは…」

「あの…時間稼ぎに話を長引かせようとしているのは分かっているんですけど、もう少し上手く出来ませんかね?」

「う?!」


スタークの時間稼ぎはあっさりバレていた。


「追い詰められてる側が、そんなベラベラ喋り出すとか露骨過ぎて、多少付き合ってあげてもと思わせてくるほどにアレでしたけど、内容が薄っぺらいですし、何より他の娘達に先を越されないように多少なりとも急ぎたいところなんですよね…」

「へへ、女の子に対して装備の話は殺伐とし過ぎて退屈だったかい?なら俺の理想のタイプを…」

「では、死んでください」

「ちぃっ!?」


再度始まる、聖女見習いの怒涛の攻撃を辛うじて避けながらスタークは内心、訪れた勝機に舌なめずりをする。

薄っぺらい話で時間稼ぎをしたのも、それがバレて驚いたように見せたのも敢えてのこと。

それを見て、相手が自分に対して何も手立てが無いと油断させるまでが彼の計算であり、その計算通り、相手は油断している。

いや油断と言うよりは自分に対してもう為す術がないと言う先入観を持った。

その思い込みに漬け込む。

親切なスタークという異名はもちろんのこと口からの出まかせであったが、異名そのものを持っているというのは本当のことだった。

彼を知る人達は彼を指してこう呼ぶ。


食わせ者スターク、と。


、これで終わりです」

「…お前がな」


殴りかかってきた彼女に対してカウンターのように左手を突き出した。

そして間髪入れずに彼の奥の手、左腕に仕込んだ散弾銃が火を噴いた。

スタークの着ているアームズスーツはアームズシェルという武装の廉価版である。

そしてアームズシェルには両腕に電磁誘導狙撃銃レールガンが内蔵されていた。

廉価版であるアームズスーツにも両腕に武装が内蔵されており、右腕には超振動コンバットナイフが。

左腕には使い切りの散弾銃が内蔵されている。

散弾銃とは通常よりも小さな弾丸を一度に沢山、ばら撒くように飛ばすという範囲攻撃を可能にした銃であり、目の前の聖女見習いが如何に凄い反射速度を持っていても、殴りかかることが可能なこの至近距離で、不意打ち気味に放たれたコレを避けることは出来ない。

スタークはそう確信していた。


「良くやりました、と言ったはずです」


スタークはここで気付かされた。

彼女の言う良くやったとは、この切り札を含めてのことだと言うことに。


突き出した左腕を蹴り上げられた結果、散弾銃から発射された弾は全て上空へと撃ち放たれた。

1発も当たってはいない。

なぜ、どうして、切り札を読まれた理由が分からなかった。

食わせ者スタークとまで呼ばれた彼が、顔に出すなど馬鹿なことをしていたはずもなし。


「お馬鹿さんですね。この状況下で目が死んでませんでした。何かあると言っているような物です」


目を見て、などと言われてもと自らの顔に迫る聖女見習いの貫手を視界に収めながらスタークは思った。

死んだ目とかどうやれば良いのだろう?

彼の末期の思いはそれに尽きる。

とはいえ、それが、死んだ目が出来ていたとしても結果は変わらなかっただろう。

聖女見習いの持つ、格闘スキルは格闘に関する動きや技術を本能的に理解できるというもの。

もとい体の動きを理解することができる。

これは自らの体のみならず、相手の僅かな動きなどからも次に何をしてくるかを把握できてしまう。

左腕を突き出してくるということ自体は分かっていたので、どうとでもできた。


「…初めから頭を貫けば良かったですね。思いの外、苦戦しました」


スタークの切り札を見抜いた聖女見習いは彼の頭を貫通した腕を引き抜き、気絶していたジェイクに対しても同じ処理を行った。


「やっぱり痛いです。だからやりたくなかったんですけど…まあ仕方ありませんね」


初めから頭を狙わなかったのは、聖女見習いの持つ格闘スキルや他の魔王達に比べて低い生物強度補正から得られる身体能力では、頭蓋骨が硬すぎるために攻撃した腕や足を痛めかねないからだった。

そして、何より敬愛するエルルがそう言った光景、グロテスクなものを好きでないことを知っていたからである。

魔王クリエイターを使うためには対象物を視認していなくてはならない。

これは魔王蝶々越しでも問題はないが、しかし見ることには変わらない。

聖女達からすれば主たるエルル以外は全てどうでもいい存在であり、凄惨な死体を見ても何も思わないが、聖女見習いを増やす際のエルルの反応を見てからは別である。


それからは出来るだけ綺麗な死体のみをエルルには見せようとなったのは言うまでもない。


つまり、せっかく突き指しながら仕留めた2人の死体は使い物にならず、結局エルルに名付けてもらえなかったどころか声を聞くことも出来なかった聖女見習いは大層、がっかりし、肩を落としたと言う。




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