第35話

魔王ゾンビに手酷くやられ、撤退を余儀なくされたアームズシェル部隊。

彼らがこの洋館に再度訪れるのはなんだかんだで1週間の時間を要することになるが、その間。


魔王ゾンビと言えば、彼は体を癒すと同時に学習していた。


アームズシェル部隊の彼らは自身を仕留める手段を持つことを。

彼の狩りのやり方は至極単純で、その死体が元になったとは思えないほどの身体能力の高さで、相手の探知範囲外から一秒で距離を詰めて致命の一撃を放つというものだ。

だが、これでは一度に仕留め切ることが出来る人数が限られる上、相手が集団の場合手痛い反撃を受けかねない。

それを今回の会戦で魔王ゾンビは学習したのだ。

今まで狩ってきたただの人間とは違うということを。


彼らアームズシェル部隊は魔王ゾンビを甘く見た結果、全滅に近い被害を出した。

しかし、魔王ゾンビもまた甘く見ていた結果、体中に銃弾を被弾して4本の腕のうち2本が千切れ落ち、体の節々に大穴があき、頭は千切れかけ、周りを威嚇するように表皮から突き出て生えていた沢山の肋骨はほとんどがへし折られた。


体の中心部を守るように生えていた肋骨が多少なりとも弾丸を逸らしたから、今の自分は生きている。

そう自省した。

元が死体で、魔王化したあとも死体としての性質を消さずに創り出された魔王ゾンビに急所は存在しないが、不死身というわけではなく、ある程度体が削り落とされると死んでしまう。

死体である魔王ゾンビが自らの死を強く感じた戦闘であった。

そして同時により強靭な肉体が必要だと彼は考え、まずは体内に収納していた捕食のための器官を出す。

魔王ゾンビの捕食器官は彼が頭についている口からだけでは、人間の死体を食べるのに時間がかかることを嫌い、より簡単に手早く食事を済ませたいと言う意図を汲んで、スキル超進化が頑張った結果、生えてきたものである。

それによってできた捕食器官は普段は腹内部に収納されている。


出された捕食器官は非常に太く大きなミミズのような見た目で、体内に収納されていたためか粘膜や血などの体液に塗れて糸を引きながらひり出されていく。

それが目指す先は、魔王ゾンビが仕留めたアームズシェル部隊達の死体だ。

それらを袋に入れるように死体が付けたままのアームズシェルごと丸呑みにしていく。


魔王ゾンビは死体であるが故に傷が自然に治ることはない。

より厳密に言えば死体に近い生物なのだが、どちらにせよ自然治癒は行われない。

治したければ欠損した部位は他生物を捕食することで補充、拡充されていく。

初期の頃と今の魔王ゾンビの見た目が異なるのはこのためである。

ちなみに魔王ゾンビが生み出されて半日ほどしか経過していないが、たったそれだけの時間でここまでの変貌を遂げたことから、どれほどの死体が転がっていたかが察せるものだ。

魔王ゾンビは取り込んだアームズシェルに含まれていた金属やアームズシェルに使われている燃料にあたる魔力バッテリー、魔法技術、科学技術をスキル超進化とスキル死体食いを駆使して認識、学習、吸収、改造を行なっていく。

欠損した部位にそれらの技術を使ってより硬く、柔軟にした組織を補充し、一緒に取り込んだ死体に含まれるタンパク質などで接着、補強を行う。

より頑健に作り直した腕や皮膚を拡充し、新たに骨や鎧のようなものも生やしていく。


魔王ゾンビは思う。

もっと死体が必要だと。


彼はさらなる死体を求めて洋館から出て行った。



「ばかものがっ!!!」



大都市アルファニカ、ユミール公国軍部アルファニカ支部軍事会議室にて。

怒声が響き渡る。


怒鳴っているのはアルファニカ軍支部長官。

アルファニカの軍支部における1番のお偉いさんである。

一方で怒鳴られているのは昨晩、魔王ゾンビと会敵したアームズシェル部隊の生き残りである3人のうち2人だ。

残り1人の両腕を無くしたカルツェと呼ばれた彼は入院している。


「申し訳ありません」

「私が何を怒っているか分かるか?

何のために第二種優先命令権まで使ってまで、虎の子のアームズシェル部隊を要請したと思っている!?」

「はい。私の不徳…」

「だまれっ!謝罪の言葉が聞きたいんじゃないっ!!」


再度、怒鳴り、そして自らを落ち着けるように長く息を吐く。


「いうにこと欠いて、敵を甘く見ていたとはな。アームズシェルなどと言うハイテク鎧に守られているから、そのような無様を晒すんだ。降格して一般兵からやり直せっ!!」

「お言葉ですが、隊長のあの場の判断としてはやむを得ない部分もあったかと。なにせ1人が拐われているため、迅速に見つけ…」


がっつり怒られている隊長を庇おうともう1人が口を開くが


「見捨てれば良かっただろう?」

「な、何をバカなことをっ!」

「バカは貴様だ。兵士1人とアームズシェル部隊7人、いや、1人は復帰は絶望的だそうだから実質、8人か。8人では仮に命を等価値にしたとしても割りに合わん。算数もできんのか?」

「兵士も一つの命で…」

「たわけ。兵士の命は力なき人々のためにある。貴様らの命は二の次だ。余裕があるならばソレも良いだろう。私とて別に死んで欲しいわけではない。が、余裕が無い内に戦力をいたずらに減らせばそれだけ一般市民が割を食うのだ。貴様らが仕留め損なったおかげで、今頃奴は悠々と一般市民を襲っているだろうさ」

「昨日の時点ではそこまでの脅威かは不明でした。であれば余裕があるなしもまだ判断は付かず、よしんば拐われた人間がいなくても…」

「ふぅ、隊長殿。こいつも降格案件か?本当に降格処分の方が良いのか?」


ため息を吐く長官を前に、部下を殴りながら頭を下げる隊長。


「申し訳ありません、こいつは新人なもので」

「…最近は小競り合いしか無かったから多少の平和ボケは許す…わけにもいかんが、まあ、それはいい。今はそれどころでは無い」

「はい。戦力を貸して頂きたく…」

「報告書を見るに、確かに2人ではキツかろう。だが、現状でそれが可能だと思っているのか?」

「救助活動や、今回の一件が別の国の破壊工作かの調査などで人手が足りてないことは知っています。ですが」

「みなまでいうな。分かっているとも。しかし、どんなに頑張っても現状、私の命令権では隊長殿の言う戦力を集めるのに1週間はかかる」

「奴には手傷を負わせています。おそらく1週間程度であれば大丈夫かと」

「その判断が甘いというのだ。大丈夫であると言う根拠がどこにある?貴様らが出くわした化け物は未確認生物だぞ?」


長官はそこまで言って、どうしようもないかと諦めた。


「しっかり時間をかけてその甘ったれた根性を鍛え直したいところだが、今はその余裕が無い上に、1週間かかることには変わらない。今回はやめておこう。話すことがなければ退室しろ。昨晩、奴が出没したと言う区画付近には避難勧告を出しておく。そろそろ住民の一部が戻ってきてもおかしくない頃合いだ」

「はっ、了解であります」


長官のお叱りが終わり、退室するアームズシェル部隊の2人。

そのうちの新人の方が悪態をつき始める。


「ったく、好き勝手言いやがって。隊長もなんで言い返さないんですか!上の命令は絶対なのは分かっていますが、現場を離れた以上、命令がどうとかは関係なく、しっかりとワケを話すべきです!?我々が不覚を取っても仕方のない相手でした!!」


いきり立つ新人に苦笑しながら隊長は言う。


「そんなこと、長官殿とて分かっていたさ。ただ、軍人は特に結果を求められる職種だ。私達軍人が守れなければ、次に死ぬのは身を守るすべを持たない一般市民が犠牲になる。敵対者に対し、戦って負けたからと頭を下げて請えば見逃してくれるわけではないのだから」

「そ、それはそうですが、長官は事務室あたりでゆっくりしていただけでしょう?

命がけで仕事をしてきた我々に対してあまりに厳しい気がします。現場に出てない奴はこれだから…」

「なんだ、知らなかったのか?長官殿は叩き上げの代表格だぞ?」

「え?」


思いもよらぬ一言にキョトンとする新人君。


「軍学校で習ったとは思うが、ユミール公国は北側に位置するサドラン帝国とかなり長いことやりあってる。100年くらいは小競り合いが続いているが20年前くらいは特に酷くてな。お互いの国の食物がさまざまな理由が重なって、ダメになった。となるとどうすると思う?」

「食料を求めて戦争、ですか?」

「ああ。実際には間引きといった部分の方が大きかったらしいがな」

「間引き…人を、ですか?」

「ああ。いざ攻め勝ったとしても自国の人間の面倒すら見切れてないんだ。攻め入ったとて得るものはない。減らすもの、減らしたいものが国にはあったんだよ」

「そ、そんなのって」

「そこで獅子奮迅の働きをしたのが長官殿さ。国の思惑をぶった切り、サドラン帝国を叩き潰して、その勝利後のあれやこれで食料難を乗り切ったのだとか。だからこそサドラン帝国の国境に位置するこのアルファニカに配備されているお人でもある」

「それほどの人なんですか…」

「第二種優先命令権は凄まじい権限を持つが、それに反してそれだけの責任が、結果が求められる。下手をすれば今回の我々の一件で彼は辞職に追いやられるかもしれないな」

「え?」

「だというのに、お叱りの内容はあくまで我々に喝を入れてくれたもの。できたお人だよ。本部の長官であれば今頃はネチネチと無駄に長ったらしい説教をくらっていたところさ」



それから1週間。

彼らは入念な準備を行い、魔王ゾンビを討滅するその日がやってくる。

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