第34話
「たく、やってらんねーぜ」
「そう、不貞腐れるな。これも仕事だ」
「分かってるけどよ。死体が人を拐ったなんて馬鹿な話あるか?
馬鹿らしくてやってらんねーんだって」
「俺も半信半疑だが人を拐って喰らう何がしかは存在するんだ。どのみち探さなくてはなるまい」
この世界は魔法があるが、ホラー物の物語や冒険譚に良く登場するアンデットと呼ばれる類のモンスターは存在していない。
正確には人類の手によってアンデットを生み出す技術が誕生はしているがすぐに動かなくなる。
アンデットとは本来ならば動けるような身体をしていない。
動くための動力源として魔力を使う。
となると僅かに動くだけでも魔力を消費するため、アンデットの類は誕生してもすぐに死体に含まれる魔力を動くだけで消費してしまい、死んでいるために魔力が回復することもなく、魔力がなくなり次第、ただの死体になるという研究結果があって、アンデットは基本的に存在しないものとされていた。
「そーだけどよー…ん、おい」
「ああ、動体センサーが反応した。が、一瞬だな。どうする連絡するか?」
「いんや、対象を確認してからだろ?動体センサーは小動物を認識することもあるんだからよ。しかも一瞬だ、なおのこと…ほれみろ。ネズミじゃねぇか」
壊れかけの部屋に銃を構えながら入り込むと、ネズミらしき影が走り去ったのを確認した。
それを見て安堵する2人。
だが。
「っ!?」
もう一度、動体センサーが反応した。
それに気づいた瞬間、1人が反応、動体センサーによって何かしらが近づいてくることを察知して銃を向けようとするが、それよりも早くヘルメットごと頭が潰された。
残された1人は突然に仲間を殺されたことに、驚くことなく静かに憤怒し、仇をとると襲撃者に銃を向け、引き金を引こうとして両腕が握り潰された。
「ぐぅっ!?」
ここで初めて、襲撃者の姿を確認する。
一瞬でアームズシェル部隊の1人を殺した輩は確かに死体のように生気のない顔をしており、ところどころが腐っているように見えた。
片目は視神経らしきものが眼窩からまろび出ている。
目玉そのものは無かった。
腐り落ちたのか?
なるほど、たしかに死体と言っても良いかもしれない。
が、全体的な姿形は異様だった。
確かに顔まわりは人間の死体のそれだ。
が、体付きがおかしい。
まず腕が4本あった。
そのうちの1本が背骨から生えている上に、非常に巨大である。
それが仲間の頭を、自らの両腕を持っていた銃ごと握り潰した。
さらには肋骨が色々な方向に飛び出て刺々しい。
足は異様に太ましく、それから繰り出される蹴りは普通の人間であれば悶絶間違いないと思わせてくれる。
総評として人間の死体が何かの化け物に変態しようとしている最中だと両腕を握り潰されながら彼は思った。
もちろん、正体はエルルが作り出した魔王ゾンビだ。
死体を食い、近くで見かけた生きた人間すらも食い、変貌した姿ではあるが。
刹那、呆気に取られ、しかし瞬時に攻撃に入る。
握り潰された自らの両腕から伝わる激痛を無視して自由な足で、一番効果のありそうな相手の顔面へと蹴りを繰り出した。
アームズシェルによって強化された筋力による蹴りは普通の人間が頭に食らえば、頭は千切れ飛ぶ。いや、千切れ飛ぶ前に砕け散る。
それだけの威力を持つ蹴りを喰らい、しかし目の前の死体らしき化け物はびくともしなかった。
正確には首は千切れ掛け、普通の生き物であれば致命傷であるはずの一撃を受けたが、平然としていた。
「ぐっ!?っ!?」
握り潰した隊員の腕を離さず、そのまま周囲に叩きつけ始める。
しかし、大半の衝撃は彼の纏うアームズシェルで緩和され、ダメージは殆ど無かった。
揺れる視界の中、仲間に連絡をと一瞬だけ考え、これだけ暴れていればすぐに駆けつけてくれるはずと戦闘に集中することにし、再度、自由な両足で攻撃を繰り出した。
しかし、魔王ゾンビは気にせず彼を思いっきり壁に叩きつける。
さらに叩きつけた後に、そのまま残りの三本の腕で何度か殴りかかり、トドメに太い脚から繰り出される前蹴りで彼は壁を2枚ほど貫通して吹き飛ばされた。
彼の両腕は握り潰され、離されないまま吹き飛ばされた。
もちろんのこと千切れている。
両腕が丸々無くなってしまったのだ。放置すれば確実に失血死する。
せめて応急処置くらいしたいものだが、と考え、しかし、させてくれるはずもない。
すわ絶対絶命かと覚悟したが、その覚悟は無駄だった。
駆けつけた仲間達が彼に近づく前に、銃の連射を喰らわせたからだ。
魔王ゾンビは血や肉片を散らしながら、洋館の奥へと逃げていった。
太い足から生み出される脚力は凄まじく、すぐさま姿が見えなくなる。
「すまん、遅れた!無事かっ!?」
「隊長っ!?
た、助かりましたよ。なんとか無事です、命はね。それとマークがやられました」
「コードネームを使え、といつもなら叱っているところだが、化け物相手に生き残った褒美に今日だけは許してやる。それと、すでに2組が殺られた」
「それじゃあ、生き残りはあと1組ですか?」
「…いや、おそらくはもう俺たち以外、この洋館に生きた人間はいない。先ほどから通信を繋ごうとしているが一向に繋がらん」
「そんな…」
魔王ゾンビから辛うじて生き残ったアームズシェル部隊員の1人は両腕の手当てをされながらも、愕然とした。
「それと、生体センサーや動体センサーはどうした?先ほどの逃げた際の奴の動きから、不意打ちでもなければ俺たちが応援に駆けつけるまでの時間稼ぎ程度なら死なずに出来たはずだ。しかもお前達は強力な銃器のHG-04を持っていたんだ。先ほど命中させた感じ、返り討ちにも出来たはず」
「それが、奴は生体センサーには反応しないようで…動体センサーも…反応を確認した時にはすでに背後に居たんです」
「なん…だと?」
隊長はセンサーを無視して現れたという魔王ゾンビに対して驚く。
原因はいくつか考えられるが、この場の3人で軽く話し合った結果。
結論はセンサーの感度の悪さ、そして魔王ゾンビの身体能力の高さから不意打ちを受けたのではという結論に至った。
動体センサーは動いた際の空気の振動を感知するという仕組みなのだが、その仕組みからあまり大きな範囲を感知できない。屋内であれば家具や壁などに振動が吸収されて役2〜3メートル前後が探知範囲となる。さらには壁越し、扉越しともなるとさらに狭くなる。
探知範囲外から、一気に距離を詰めれば不意打ちも十分に可能という状況だ。
とはいえ普通は距離を詰める前にセンサーに捉えられるはずなので、センサーの感知速度よりも早くに距離を詰めてきたということでもある。
魔王ゾンビの身体能力の高さが窺えた。
生体センサーは対象の魔力と体温を複合的に感知して対象を識別するのだが、魔王ゾンビが元が死体だったせいか感知することがなかった。
「分散して探索を指示した俺のミスだ。相手を甘く見過ぎた。まさか、2つのセンサーをすり抜け、隊員を握り潰す攻撃力まで兼ね備えた化け物がいるとはな…」
「どうします?見ての通り、カルツェの両腕が無い以上、実質戦力は私と隊長のみ。カルツェを守らなくてはならないことを考えると…」
「言われなくても分かっている。やむを得ない、撤退だ」
「了解」
「後日、戦力をきっちり揃えてから奴を狩る。幸い体の強度はそこまでではない。不意打ちを避けて、一斉掃射を喰らわせれば倒せるはずだ」
「奴が一般市民を襲ったりしないでしょうか?」
「…襲ったとしても、現状深追いができる戦力はない。どうしようもないな。幸い、先程の射撃で奴に手傷を負わせている。数日は時間を稼げるはずだ」
こうして魔王ゾンビとアームズシェル部隊のファーストコンタクトは終了した。
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