第33話
彼らは2人1組になって洋館内を探索することにした。
だいぶ広い洋館であるが、彼らの装備であるアームズシェルを着込んだ状態であれば端から端まで一分とかからず駆けつけることができる。
さすがに一分で倒されるほど柔な部隊ではないと判断してのことだった。
おそらく手遅れだとは思うが、拐われた一般兵を救うためにも探索は迅速に行わなくてはならない。
そう考えてのことでもある。
「さてはて。死体が拐って行ったと聞いたが、本当かねぇ?」
「錯乱して見間違えた、と思うがどうだろうな。あり得ないはずの魔獣の侵入者が出たんだ。あり得ないはずの動く死体が出てきたとしても不思議ではないがね」
広い洋館の西側の探索を任された2人は、軽口を言い合いながらも警戒を最大限にして洋館内を探索していた。
「
「大丈夫、しっかり外してるさ。普段使わない武器だからってさすがに
彼らの持つ銃火器は、地球のそれとは異なる。
地球の銃器は火薬を使って金属弾を撃ち出す武器だが、この世界ではそれだけでは不足だ。
魔法という法則が存在する分、さまざまな部分で地球と異なる。野生動物はより強靭になり、防具の類も地球のソレより格段に性能が良いため、普通の火薬を使用する銃器は一般人の護身用という用途でしか使われていない。
地球で言うところの女性が身を守るための護身グッズに近しい扱いだ。
しかし、彼らの持つ銃器はそれらの護身用とは比べ物にならない代物となっている。
まず非常に威力が高い。
地球の場合、歩兵単体で打つことができる銃器に対戦車狙撃銃という、戦車の装甲を貫き、中の部品や操縦者を狙うと言うものが存在する。
当然ながら威力が高いということはそれだけ大きな弾丸と、それを飛ばすための大量の火薬を必要とする。
大量の火薬を使うと言うことは、言い換えれば銃の内部で大量の火薬が爆発しているわけで、その衝撃は振動となって銃全体をブレさせる。
ブレが酷くては狙いがつけられないと、振動を緩和させるべく銃本体を大きくする。
つまり、銃の威力をあげようとするならば銃弾を大きくするのが一番効率的なのだが、そうすると銃本体も大きくしなくてはならないという事情があって、その事情に則って作成された個人で持てる限界にちかい大きさを持つ銃が対戦車狙撃銃で、銃器としてはトップクラスの威力を持つ。
その
そう、拳銃である。
拳銃とは名の通り、拳程度、ないしは拳より大きいくらいの銃種で、銃器の中では一番小型で取り回しが良い代わりに、銃器の中では一番威力が低く、射程距離も短い代物のはずだった。
先も言った通り、拳銃でも銃弾を大きくすれば威力を上げることができるが、そうすると軽い拳銃では大きい銃弾を飛ばすために使われる大量の火薬による、爆発の振動で吹き飛ぶ。
撃てないことはないが、狙いをつけようとすれば銃手が大きな鉛玉を音速で飛ばすだけの火薬の爆発の衝撃を自らの筋力で押さえつけなくてはならない。
銃弾だけではなく、本体も大きければ爆発のエネルギーは大きな本体を振動させようとしてある程度消費されるが、小さい銃ではそれは望めないためだ。
すなわち小さいのに威力が高い銃とは現実的ではないロマン武器である。
しかし、魔法技術のあるこの世界では違う。
彼らの持つ拳銃は、小型でありながらも戦車の装甲を真正面から打ち抜いて、貫通するほどの威力を持つ。さらには連射も可能である。
アームズシェルに標準搭載されている4発限りの電磁誘導狙撃銃には敵わないが、それでも十分な威力を持つ弾丸を連射することができるのだ。
実に恐ろしい武器である。
とはいえ欠点もある。
魔法技術を併用しているといえども、さすがに振動がかなりあるため、普通の人間では狙いがつけられないと言う欠点が。しかしそれは彼らの着込むアームズシェルによる膂力強化で解決できるため、アームズシェル部隊にとっては非常に取り回しが良い、連射の効く高火力武器となる。
「このHG-04だったか?こんな化け物銃まで持ち出さなくても大丈夫だと思うんだがな。誤射したらと思うと、怖いぜ」
「おいおい、勘弁してくれよ。こいつはアームズシェルを貫通することだって出来るんだ。誤射なんて洒落にならんぞ」
「へへ、冗談に決まってるだろ?この部隊に配属されて、何年だと思ってんだ。それ相応の射撃術を見せてやるよ」
「この部隊で普段使っている銃火器は腕についてる電磁誘導狙撃銃くらいだろ?それ相応なら実質、ゼロじゃねぇか。ますます不安だぜ」
「ははは、なあに。オートエイム機能がある…っ!」
2人の会話中、突如、ヘルメットに搭載されている動体センサーが反応を示した。
その瞬間、瞬時に銃を構える。
「相棒」
「分かってる。そこの通路の角を曲がったところだな」
「生体センサーには反応なし、か」
「死体だから?」
「そうは思いたくないね。死体が動くなんてホラー小説の中だけにしておいてもらいたいものだ」
「通信はどうする?」
「…動体センサーだ。何かの拍子に動いた物体を感知したかもしれない。姿を確認してからでも良いだろう。準備は?」
「十全っ」
「よしっ、いくぞっ」
2人はタイミングを合わせて銃を構えながら通路の角に躍り出た。
だが、目の前には彼らが期待したものは無く、ネズミが走り去っただけである。
「なんだ、ネズミかよ」
「ある程度、小さな生き物は生体センサーを擦り抜けるからな。しょうがないさ」
「まあな。それよりも俺は初めて生きたネズミを見たぜ」
「それはそうだろう。過去にはネズミが都市部で人間の出すゴミを食べて大繁殖していたと聞くが、食料が不足気味の現代じゃあ、食肉利用目的で都市部のネズミは食べ尽くされたという話だからな。都市部のネズミは特に賢く、警戒心の強いネズミが数匹を残して全て
「なかなかどうして可愛らしく、美味そうな生き物じゃねぇか。勤務中じゃなければ是が非でも捕らえて食べた…相棒?どうした?」
相棒と呼ばれた男は違和感を感じた。
そう、本来ならばネズミなど滅多に見られない。
多少、人気がないからといって人の目に晒されるような場所に出てくるようではとうに、彼らは絶滅していただろう。
今、都市部に生息しているネズミは非常に賢く、警戒心が強い。
地球でも罠や毒殺などの様々な手段で駆除してくる人間に対して、ネズミ達は罠を見破る知能を得たり、毒に対する耐性を得たりなどで生き残ろうとしていた。
それらはスーパーラットと呼ばれていたりしたが、この世界では魔力というエネルギーもある分、環境の変化に対する適応力も増していた結果、スーパーラットの発生確率が高かったり、より凄いウルトララットとも言うべき個体群などが発生したりで、現在生き残っているネズミの知能や警戒心は一部の研究者曰く、人間並みだと言われることすらある。
それが自分たちの前に姿を現した。
現すほどに油断していたとも言い換えられる。
なぜ?
どうして?
あそこまで油断できた理由はなんだ?
そこまで考えて、彼は一つの推論を見出した。
すでに自らの天敵たる人間がいない、というだけではネズミは油断しないだろう。
しかし、その天敵を狩る天敵がいたらどうだろうか?
見られても問題がないと考えていたのなら?
より、警戒を密にしようと相方に注意をしようと振り返ると、相方はいない。
思考することに夢中になりすぎた。
この部隊入って、久方ぶりの不覚。
と同時に動体センサーが背後から迫る何かを察知。
「…っ!?」
振り返ると同時に自らに迫る影を見て、即座に対応、銃を向けようとしたことは素晴らしい反射行動だった。
が、致命的なまでに遅い。
もしも影の主が今より僅かに遅ければ。
もしも背後からの先手を譲らなければ。
もしも接近される前に気づいていたならば。
彼もまたその場から消えた。
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