第32話
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「なにぃっ?死体が動いてる?」
ユミール公国、大都市アルファニカの軍支部にて。
奇妙な報告が上がった。
あったはずの死体が消えてなくなったという市民からの通報である。
「ゾウムシだかなんだかの昆虫型魔獣に襲われた次は謎の死体失踪事件てか。街が破壊されてパニックに陥った輩の妄想じゃねぇだろうな?こっちはあの化け物がどこからやってきたかの調査といまだ多い怪我人の救助活動で忙しいんだ。気狂いの類の相手してる余裕はねぇんだぞ?」
『それが…同じような通報が多数の市民から寄せられていまして、無視するわけにもいかないと報告した次第です』
アルファニカ軍支部長の男が無線越しに受けた報告は魔王ゾウムシを倒して次の日にされた。
普段であれば気にせず、無視しろと言うところだが
「ちっ。そうか。…すでに現場は確認したのか?」
『はい。結果は市民の言う通り、たしかに死体が消えているようです』
魔王ゾウムシという今まで見たこともない侵入者が出現して次の日の出来事だ。
関わりがない、とはとてもではないが言えない。
むしろ何かしらの関わりがあると見るのが自然。
「周辺住民に対する聞き込みは?」
『それも行いましたが、いまだ核心を得られそうな情報は無い様です』
「そうか、引き続き聞き込みを続けろ。破壊された区画の見回りもだ」
『破壊された区画をですか?』
「察しが悪いな。死体を消す何かしらの存在がいるんだ。死体の多い場所を重点的に見て回れば何かしらの発見、ないしは犯人を直接確認できるだろう?」
『なるほど、だから魔獣が暴れ回り、死体が沢山転がっている被害の受けた区画を重点的に見ると言うことですね』
「そうだ。分かったらとっとと手配しろ」
『了解!』
「ああ、いや、待て!」
『まだ何か?』
「見回りは一般兵のみで行わない。アームズシェル部隊にも応援要請しろ」
『そこまでですか?彼らもまた忙しいらしく、協力を得られるかは…』
「第二種優先命令権を使う」
『それは…』
「そこまでの事なんだよ、この件はな」
『…支部長官の方で何か掴んでいるのですか?』
「いんや、勘だよ。長く軍人としてやってきたゆえのな。とにかくこちらで命令権をお前のところにやっておく。見回りにはアームズシェル部隊を使うようにしろ」
『
というやり取りを経て、魔王ゾウムシが暴れ回り、瓦礫の山と化した街中にはアームズシェル部隊が2つ、配備されていた。
彼らは魔獣用にチューニングされた銃火器を手に持ち、崩れた家屋の立ち並ぶ区画の見回りをしている。
時刻はすでに深夜。
瓦礫だらけで人が住めないのもあって、物音一つしない静かな空間だ。
緊急を要すると言うことで彼らは深夜であるにも関わらず活動していた。
頭部を覆うフルフェイスアーマーにはライトや暗視装置が装着されており、今回は一般兵も同行しているためライトも使用されている。
月明かりが雲に遮られて、いつも以上に視界が悪い中、彼らは見回りを続けていた。
「本当に何かいるのか?支部長の勘なんだろ?昼間は救助活動、夜は見回りと丸一日働き通しだぜ」
「そう言うな。支部長の懸念は当然だろう?いきなり絶滅していたとされる魔獣が侵入して、さらには街中でいつの間にか死体が消えているなんて…そんな事件がたまたま近い日に連続したら、何かあると調査を命じるのも無理はない」
ライトであたりを照らしながら一般兵士達が駄弁っている。
本来ならば叱られる場面だが、彼らの上司はとっくに家に帰っており、一緒に探索を行う特殊部隊、アームズシェルの部隊らはそれどころでは無かった。
「隊長、気づいてますか?」
「ああ、分かってる。このあたりの区画はまだ軍の手が入っていないにも関わらず死体がほとんど見当たらない。他地区の被害と比較してもそれは明らかだ」
「目的は何でしょうか?」
「さて、な。有志による手伝い、ではないだろうな。人口の多さが問題となっている昨今、これだけ大規模な家屋の倒壊を起こせば大量の死体があるはずだ。それらを1日で片付けるなど軍でも無理だった。そもそも死体を大量に運べば誰かしらに目撃されるはずだ。その報告が無いなど有り得ない」
「一体、何が、どんな目的で…」
「隊長、こちらへ」
1人のアームズシェル部隊隊員が何かを発見したようだ。
隊長と呼ばれた男を呼び出した。
「何か見つけたか?」
「ええ、こちらを」
と言って、隊員がライトをかざした場所には大量の血痕と、肉片らしきものが確認できた。
「ネズミに食われたか?」
「思ってもないでしょう?都市部のネズミなんて市民に喰べられてとうの昔に根絶してますよ。よしんばいたとしても人間丸々1人分を食べ切ることが出来るほどの数はいないでしょう」
「だろうな。つまり、だ。現在、街の中には人間を丸々食い切れてしまう何かしらの存在がいるわけか」
「そうなるでしょうね。一部の骨や肉片を詳しく調べてみたところ、人間には間違いないですし、食べられた人間は1人や2人ではないです。ここにある痕跡から分かる限りでも10人は超えてます」
「なんらかの存在は死体をここに持ち帰って、食べていたと?」
「ええ、おそらく此処は餌場なのでしょうね。どうします?ここで張り込んでみますか?」
「…さて、どうしたものかな。部隊を分けるか?」
二つのアームズシェル部隊を纏める隊長は一分隊をここに張り込ませて、他は探索を続けるべきか迷う。
「死体を食べた何かが一匹だけとは限りません。昨日のゾウムシ型魔獣のような魔獣が2匹以上出現した場合、我々の部隊でも危うい可能性もあります」
「…だな。戦力の分散は悪手だ。ひとまずここでしばらく張り込むことにする」
「了解。一般兵はどうしますか?」
「彼らには帰ってもらえ。痕跡を見つけた以上、人手はそういるまい。人手のいる探索という段階は終わりだ。むしろ居てもらっては邪魔に…」
「うわぁあああああああっ!!?」
「隊長!?」
「ちっ、遅かったかっ!!」
彼らアームズシェル部隊が相談している矢先、悲鳴が木霊する。
すぐさま分散していた部隊が悲鳴の場所へ向かうと、腰の抜けた様子の一般兵が茫然自失となりへたり込んでいた。
「何があった!?」
「あ、あ、あ、あいつが…」
「しっかりしろっ!?」
軽く引っ叩いて、腰の抜けた兵士を立ち上がらせる。
もっと穏便に、と言いたいところだが彼の様子を見るにその余裕はなさそうだ。
「あ、あ、あいつが死体に、死体に拐われたんだ!?」
「死体だと?」
「み、見間違いなんかじゃねぇっ!?しかとこの目で見たんだっ!!信じてくれっ!!」
「ああ、分かってる。とにかく詳しく話を…いや、どっちに向かった?」
いちいち聞くよりも、どうせ逃すわけにはいかないのだから拐った何かを追った方が早いと判断し、どこへ向かったかを聞く。
アームズシェル部隊はライトから暗視装置に切り替えて、銃を構え、パニックを起こしかけた兵士から聞いた方向へ歩を進める。
「隊長、血痕が…」
「ああ、多くはないが、拐われた隊員はどこかに怪我をしている…いや、させられたと考えるべきか」
「っ、隊長、止まってくださいっ」
彼らはとある廃屋の前で止まった。
ここまでくるとわかる。
非常に濃い血臭が漂っている。
先ほどの餌場らしきところよりも、なお濃い血臭が。
魔王ゾウムシが暴れたことで一部が倒壊し、放棄されて廃屋と化した家屋は見たところかなり大きい洋館のような場所。
おそらく、数日前までは豪商の家か貴族の別荘あたりになっていたであろう洋館は時間帯もあって実に不気味な雰囲気を醸し出していた。
「全員、油断するな。昨日のゾウムシ型魔獣で第一分隊がほぼ再起不能になったという報告はすでに聞いているな?
油断をすれば俺たちもそうなると踏まえて、気を引き締めろ」
「了解」
隊長の号令に静かに頷く隊員たち。
「では、突入っ」
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