第15話

「本当にズルイな、人間は」


最終ラウンドは芝犬もどきだった彼女の一言から始まった。

彼女が捕食で取り込んだのは人間の形質的特徴、いわゆる見た目だけではない。

ミキサーの魔眼でミンチにした脳髄の類に入っていた情報、すなわち記憶も取り込んでいた。

彼女が産まれて間もないにも関わらず、流暢に話せるのはそれがため。


「…何がずるいってんだ?」


独り言のような会話に応じたのは魔獣が何を話すか気になったのが少し、大部分はガイが復帰するまでの時間稼ぎだった。


「…ふふっ。時間稼ぎか?

本来なら問答無用と言いたいが、喋れるようになって些か以上に興が乗っている。付き合ってやろうじゃないか」


あっさり見破られたが、気にせずにアストルフは1番気になったことを尋ねた。


「なぜ、こんなことをする?」

「…こんなこととは?お前たちと戦っていることか?それならばお前たちから襲ってきたのだが、身を守るために戦うことが不思議か?」

「ちげぇ。そもそも人間を襲い始めたのはお前からだろ?

その理由を聞いてんだよ。俺たち人間に恨みを持つような何かをされたのかよ?」


一応、人間の顔だとはいえ、いまだに定まらないのかグニグニと歪ませながら彼女はアストルフの疑問の答えを言った。


「いいや、そうしろと言われたからだよ。お前たち人間に何か含むところは…まあ、やたらとうじゃうじゃいて気持ち悪いと感じているくらいか。なんにせよ殺意を覚えるほどではないな。かといって殺したくないと問われれば別だが」

「…そうしろ?

まさか、お前は…」

「おっと、喋りすぎたか。こういうのを人間は…冥土の土産と言うらしいな。別に秘密にしろとは言われてないが…創造主おやも私が言葉を喋ることができなかったから言わなかったのやもしれんし、言ったのはまずかったかもしれん。あははは。会話がこんなにも楽しいとは、やはり人間はズルイではないか。それで、そっちの女は魔法の準備が終えたか?

終えたのであれば、続きといこうか」


時間稼ぎはこれまでか、とアニーが魔法を発動する。


「ドラゴンウィンドっ!」


凄まじい竜巻が周囲の家屋を巻き込みながら芝犬もどきだった彼女を包み込む。

ドラゴンウィンドは対象を竜巻状の風に包みこんで、包み込む際に巻き込んだ瓦礫などを刃の代わりに竜巻内で高速回転させてすり潰す上級攻撃術のうちの一つ。

芝犬もどきの彼女が使った魔眼をより大規模にしたような呪文である。


「もう一つオマケだぜっ!フレイムキャノンっ!」


それに続いてアストルフが巨大な火球を竜巻に向けて、射出した。それは竜巻の風に巻きこまれ、巨大な炎の渦と化す。

アストルフとアニーの合体技であるドラゴンストームだ。

風によってより強く炊き上がる炎の牢獄は中にいるものを跡形もなく焼き尽くす。


「アニー、ガイを回収して治療しつつ今の情報をじじいに伝えに行け。おそらくこれでも殺せない」

「何言ってるのよっ!?

それならあなたも一緒に…」

制御盤リミッターを外す」

「…それなら、なおさら私がいた方が…」


制御盤リミッターとは全ての魔科学武器に搭載されている部品の一つのこと。

魔科学武器の役割はさまざまな魔法を使う際の増幅と補助が主であり、魔科学武器を介して魔法を使うとより少ない魔力でより強力な魔法に変化する。

その際に自動制御盤と呼ばれる部品が増幅された魔力を制御し、過剰な魔力増幅などを防ぐ安全使用のためのストッパーの役割を果たす。これが付いていると一定以上の出力にはならず増幅しすぎて暴発などと言う事故が起きないようになっていた。

アストルフはそれを敢えて外して規定値以上の威力を持った一撃で、目の前のヒトらしき何かを消し飛ばそうと言うのだ。


通常は増幅した魔力は本人の魔力とは別物になるために制御盤以外で制御下に置くのは非常に難しく、実戦ならばなおのこと考えられない手法なのだがアストルフの持つ大剣はそれ用のチューニングがしてある特別製であった。

本来ならば制御盤のオンオフは切り替えられないようになっているが、彼の大剣はそれを使う前提で設計、製造された逸品である。

英雄アストルフが英雄と呼ばれるに至った理由、特別すぐれた本能による危機察知能力に続くその二である。

アストルフは英雄と呼ばれる前の、それこそ新人傭兵時代からソレを切り札と使うことを考えて、それを扱う前提の訓練を行なってきたのだ。

おそらくは世界的に見ても数えるほどしかない技術。

少なくともここ、アルマ共和国ではアストルフしか使わない、使えない技術である。


もちろん、リスクはある。

細々としたリスクはこの場では割愛するが、1番のリスクは増幅した魔力の操作を僅かでも間違うと余裕で死ねると言うことだ。

なんなら間違わなくても体への負担がとてつもない。

だからこそいざと言う時のために回復魔法が使える自分がいた方が良いとアニーはいうが、アストルフはそれに頷くことは無かった。


「俺たちのアニスを頼むぜ」


その言葉で理解した。

例え、制御盤を外して全力の攻撃をしても勝てないとアストルフは判断していることに。

アストルフの戦闘に関する危機察知能力に間違いがあったことなど今まで一度もなかった。

それを頼もしく思っていたものだが、今ほどそれが間違いであって欲しいと願ったことはない。

愛する娘のためにも、彼は母であるアニーを逃すための時間を稼ぐために命を使い切ることを覚悟している。

2人ともが一緒に死ぬわけにはいかない。

であれば、その妻である私の役目は決まっていた。


「…好きよ。待ってるから」


一度、軽い口付けをした後、アニーは背を向けて走り去っていった。

誰よりもアストルフを信じているからこそ、生きて帰ってこないだろうことは分かっている。しかし、言わずにはいられなかったアニーの去り際の一言にアストルフは奮起した。

生きて帰れる気は未だに微塵も無いが、最後の最後まで諦めないことを決めた。


「なかなかどうして…良い茶番だな」

「…アニーを追わなかったな。余裕のあるこって」


ドラゴンストームの嵐が明けるとそこには依然として立ち続けるヒトらしき何か。

その姿はさらに洗練されていて、よりヒトらしく進化し、グネグネ蠢いていた顔はようやく安定したようだ。


「…とんでもねぇ美女が生まれやがったな。…いや美少女か?なんにせよ、ますます人間らしくなって、すげぇすげぇ」


ヒトらしき元芝犬もどきは今や完全なる人になり、その顔立ちはあまりの造形美に敵でありながらアストルフが見惚れるほど。


「私が食らってきた人間たちの記憶から引き出した顔を統合し、洗練させたものだ。

美醜に関する物差しがあやふやでな。今まで顔を固定しなかったのだが…おまえの反応を見るにうまく出来たようだな」


そう言って笑う彼女の相貌はいっそ女神のようだと頭によぎるが、中身が魔獣じゃなあと少し勿体なく感じるアストルフ。


「さてと。んじゃまあ制御盤リミッターを外させてもらう!!」


大剣の制御盤をオフにして、自らの魔力をこれでもかと込める。

すぐさま増幅される大剣内の魔力をきっちり制御下に置きつつ、まずは膂力増強や衝撃耐性、自然治癒など自らの身体能力を上げるための魔法を使用する。

次に大剣に炎を発生、圧縮し続けることで常時、ヴォルカニックバーンに近い剣線を繰り出せるようになる。

今までならこれで準備完了。

しかし、奴には通じないだろう。

そう判断し、さらなるリスクの向こう側へと一歩踏み出す。


「持ってくれよぉっ!俺の大剣っ!!」


さらに赤熱し、眩しいくらいに輝く大剣を構え、そのあまりの熱量に異常なほどの汗を掻くもすぐに蒸発する。

そして、さらなる準備が終われば即座に攻撃に回った。


「おらあっ!!」

「ぐぅっ」


大剣が彼女の体を打ちつけ、ダメージを与えるも効果は思ったほどでは無い。

これは度重なる炎の熱にさらされてきた結果、スキル超進化によって高温に適応したためだ。

それを理解しながらもこれしか無い、これで倒し切ると雄叫びをあげながら大剣をふるい続けるアストルフに堪らないとばかりに蹴りを繰り出すヒトになった芝犬もどき。

今の彼女の蹴りはただの蹴りと言えども、それはあまりに速くてあまりに重い。

一撃でも食らえばガイに比べて軽装のアストルフは死にかねないが、ここで退けばどのみち死ぬとばかりに避けずに攻撃を続ける。

その代償は腹の半分が吹き飛ぶことだったが、代わりに振るった一撃が彼女を大きくよろめかせ、渾身の一撃を繰り出すための隙を作るのに成功した。



「…くらいな。これが俺の、俺史上、最大最高最強さいごの…ヴォルカニックバァァァァァアァアアアアアンッ!!」


異常なほどに赤熱した大剣から繰り出される灼熱の一閃は彼女に当たるだけでは飽き足らず、そのままの勢いで大都市ランブルごと背後にあった山も一緒に真っ二つにした。

何度も響く爆音に予想以上の激戦を察した市長バングが避難勧告だけではなく、街からきっちりと避難させてなければ大量の死者が出ていただろう渾身の一撃。


役目は果たしたとばかりに大剣は溶けて落ち、あまりの熱に大剣を持っていたアストルフの両腕は灰に。アストルフの体自身も今の一撃でただでさえ脱水症状を起こしていたのに、さらなる水分の喪失でショック死していた。

まさに命を掛けた一刀である。

そして。


「…全く、人間は怖い」


世は無情。

命を掛けた一撃はアストルフの望みを叶えるには至らなかったようだ。


「他の主要な捕食者たちを全て絶滅に追いやっただけはある。超進化によって高熱に適応した私の体をここまで吹き飛ばすとは」


体の大半が炭化し吹き飛んでいたヒト。

咄嗟に、主要な臓器を防護の魔法で集中的に守ったがゆえに見た目ほど重傷ではない。


「ひとまず、体を癒す必要がある。が、癒えればさらなる進化が待っている。実に楽しみだ。得難い進化の機会をくれたこと、感謝するぞアストルフとやら」


そう言って彼女は背中から巨大な袋のような器官を出した。

これはより効率よく捕食対象を取り込むための口とは別の捕食器官である。

姿形が人に限りなく近くなったことで、口から食べても食べたものの情報は得られず、消化されてしまうだけになったために用意した専用の捕食器官だ。

それがアストルフの遺骸を大剣の残骸ごと捕食する。



「残りの2人は傷を癒してからにしよう」



芝犬もどきだったヒトらしき何かはそう呟いて街の何処かへと消えていった。

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