第16話

☆ ☆ ☆


リアちゃんの父も母も家からいなくなった。

それを聞いてもちろん心配した僕は、彼女の家に急いだ。

いくら両親とうまくいっていない彼女でも、さすがに同時期にいなくなるのは精神的にかなりのストレスになると思ったからだ。

無表情が悪化する…とどうなるかは分からないが、まあ良いことにはならないはず。


「ごめんください」


リアちゃんの家は静まりかえっていた。

当然だ。

なまじ母親が貴族の血筋なせいかこの広い…人1人にとっては広過ぎるほどの家にひとりぼっち。

寂しくない訳がない。

まあ、周りの農家仲間たちは気の良い人たちばかりなのでそこまで寂しく感じないかもしれないけれど。

むしろ、子育てに関心がないくせに周りの人間がリアちゃんを助けようとすることを蛇蝎の如く嫌っていたレムザや、最近は何をトチ狂ったのか、関心がなかったはずの実の娘にもいずれ手を出すことを公言して他の男を近づけなくなりはじめた顔だけ取り柄猟師な父親が居なくなったことで、人と接する機会は格段に増えそう。


「リアちゃん?」


ところで、リアちゃんが家にいない。

リアちゃんもいないのか?

どこにいったのだろうか?

両親が居なくなって、リアちゃんは現実を悲観して身投げ…なんてことにはならないと思うが。

そこまでレムザや父親を慕っていた様子は見られなかったはず。

無表情ではあるものの、機嫌の上下は声音で分かる。

何なら僕の体自身を魔王クリエイターで弄っているせいか、心拍数などでも機嫌が分かるくらい。

彼女は両親と一緒にいる時よりも、僕と一緒だったり、彼女1人の時だったりした時ほどリラックスしていたように感じた。

ううむ、しかし、子供にとって親ってのはすごく大事なものだからなあ。

あんな親でも実際に居なくなって、なんの痛痒にもならなかったわけではないと言うことなのか。


そのまま彼女の家を探していると、何かを引きづった様な痕跡を見つけた。


「あれ?こんな傷あったかな?」


親が親なので心配してかなりの頻度で遊びに来る機会を取っていたが、こんな傷は見たことがない。

しかもよく見ると、血のようなものが傷の溝に入り込み、拭き取ったような跡があるではないか。

まさか、これは?

行方不明になったと思われたレムザは殺人事件によって死んでいるのでは?

そんな考えが僕の脳裏によぎる。

いや、まさか。と考える僕と、いや、これは謎が謎を呼ぶ殺人事件に違いない。と考える僕。

こんな田舎の農村で殺人事件を起こすような輩がいるとは思えないが、人だけは多いのだ。

人が多い分、そうした人達が発生する確率は高いはず。

不思議はない、か?

にしても誰が?

彼女を殺す人間なんて心当たりがない…とはとてもじゃないけど言えないくらいには性格が悪いが、さすがに殺されるほどの恨みを買っていたかと問われるとどうなのだろうか?

一応は貴族令嬢の彼女が、なぜまたこんな田舎の農村に居を構えたのかは誰も知らないが…いや、この世界の農村はかなり裕福だし、彼女の性格を考えるとそこまで変な事ではないかもしれない。

農家は下手な貴族より裕福なのだから。

まあ、その割には顔だけ猟師のリアちゃんの父親と結婚していたりするが、彼女の夫であるリアちゃんの父親はこの農村地帯の2大地主の1人なのだ。さほど不思議ではない。

ちなみにもう1人は僕の母の実家で、なまじ影響力を持つ家の孫である僕だからこそリアちゃんの両親を無視してリアちゃんのケアが出来ていたとも言える。


「…リアちゃんを探さないとっ」


そうした諸々のことはどうでも良い。

どうでも良いが、そうしたくだらない事を考えていないと心配で心配でたまらない。

なまじ、血の跡が見てとれたために心配が加速している。

急に現実味を帯びてきて、危ないのではと言う実感が湧く。


私生活を覗くようで、あまり使いたくはなかったが仕方あるまい。

魔王クリエイターで得た僕のスキルは基本的に防御特化のサポート寄りだ。

僕に備わるほとんどの容量キャパシティのうち、5割が防御関連、4割がサポート、残りが攻撃系統のスキルに使用しており、生存特化型に弄ってある。

もともと魔王クリエイターで創った魔王化した生物に人間の間引きを任せるのだから僕自身が戦うことはなかろうと考えての生存特化型だが、当然ながらサポートの中にはさまざまな探知手段がある。

不意打ちだったり、自身に殺意を持つ人間を事前に認知し、備えてしまえば豊富な防御スキルを持つ僕はまず殺せないからだ。

死ななければ、また別の魔王を創って放せば良い。

いわば、僕は人類からすれば悪の黒幕、大魔王、ラスボスのような存在だが、仮に目の前に勇者のような存在が向かってきても僕は戦うつもりはさらさらない。

ゆえのスキル構成だった。

そしてその探知手段は基本的に日常生活では使わない。

ちょっと色々と分かり過ぎてしまうからである。

例えばの話だが、僕が探知系スキルを使えば玄関にいながらにして二階の思春期男子のエロ本の隠し場所、なんなら携帯やPC内部のエロコンテンツすら見破れてしまうくらいなのだ。

プライベートもクソもあったものではない。

さすがにそんなものをポンポンと使う気にはなれず、使ったのはお試しにと最初に使ったっきり。

自宅で使ってみたのだか、今生の母の破廉恥な下着らしきものが確認され、なんとなく気まずい思いをしたものだ。

ああ、中身はすでに自意識の確立された大人なので気まずいと言っても、母親の下着を見てうわ、引くわー、ではなく、うわ、この未亡人、こんな下着を履くんだ、的な気まずさである。

先立たれたわけではないので、未亡人というかは微妙だが。


閑話休題。

とにかく、家の中を探知スキルを使って探索する。一応、探知スキルを使用するとリアちゃんらしきものを中庭で見つけた。

やった。

リアちゃんは無事である。

慌てて中庭に確認しにいくと、斧を持ったリアちゃんが猟師の一団が戻ってきたハリネズミを抱えていた。

引き摺った跡は斧で、血の跡はハリネズミのもののようだ。

中庭でハリネズミを解体しようとしていただけ。なるほど。

一安心である。


「リアちゃんっ!」

「エルル君??」

「どうしたもこうしたもないよ!?

全く、心配したんだからね!」

「血の跡があったから強盗でも入ったのかと思ったんだから!リアちゃんは可愛いから襲われたのかと…」

「私、可愛い?」

「?もちろんだよ?」


カマトトぶっているように聞こえるかもしれないが、7歳児なのだからこんなものである。

いや、でも聡明のスキルを付けてあるし、どうなのだろうか?


「ふぅん」


このふぅんはだいぶご機嫌なふぅんだな。

まあ、可愛いからいいか。


あれ?

そういえば、と。


ハリネズミを解体するのに斧を使う必要あったっけ?と頭の片隅で疑問に思うものの、リアちゃんが無事だった喜びで彼方へすっ飛んでいった。

それに引き摺った跡は子供にとっては非常に重い斧を引き摺ったものだろうと思い込んでいたが彼女を魔王化した際に施した膂力増強のスキル。

それは決して斧程度を引き摺るほど弱くは無い。

膂力増強を持ってしても引き摺る場合、それはそもそも物理的にであり、膂力増強のことはすっかり思い当たらずリアちゃんといつものようにスキンシップを取り続けていた僕であった。





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