第14話

「調子に乗ってんじゃねぇっ!」


アストルフの大剣の一撃が芝犬もどきの体に叩き込まれる。

身動ぎをして、致命傷を避けながらも彼女はアストルフにも体当たりを繰り出した。


「ちぃっ!?」


剣を体に受けながらも一切怯むことなく向かってきたことに驚きながらも避け、再度、大剣を振るものの、2度目は空振りに終わった。かに思いきや、彼は懐から魔科学によって作成された小型爆弾を取り出した。

地球で言うところの手榴弾である。

それを彼女を蹴り飛ばしてから投げた。

丁度、蹴り飛ばされたところに投げ込まれた手榴弾は爆発。

芝犬もどきの彼女の体にさらにダメージを与える。


「ぷぎゅる」


お返しだとばかりに爆風を切って躍り出る不可視の回転刃を自らの本能に従って避け、再度、手榴弾を投げ込んだ。

爆発。

彼女の体が吹き飛び、地面を激しく転がった。

それで終わりではない。


「大楯フルスイングっ!」


先ほど、まともに体当たりを受けて吹き飛んだ筈のガイが芝犬もどきに向かって大楯を力一杯振り切る。

ただ振るだけではない。

実はこの盾にはジェットエンジンのようなものが内蔵されていて、それによってフルスイングした際の威力を増すことができる。

大楯を軽々と扱うガイの筋力とジェットエンジンによる加速で、大楯とは思えない速度で芝犬もどきを打ち抜いた。

もちろん彼女は為す術も無く、またもや吹き飛ぶしかない。

吹き飛んだ彼女は一軒の民家に激突してとまる。


「灰になりなさいっ!

スパーキングウィンドっ!!」


そして、アニーの大技。

沢山の雷を相手の頭上から落とす攻撃魔法が民家ごと芝犬もどきを消しとばした。


「まだまだ終わりじゃねぇぜ!

さらにこいつもおまけだっ!!

ヴォルカニックバーンっ!!」


とどめとばかりに繰り出されるアストルフの炎の斬撃が芝犬もどきの居たであろう場所に繰り出され、大爆発。


実に派手な技のオンパレードである。

そして、その結果はというと…


「ぶぎゅ…」


倒れ伏す芝犬もどきの姿。

体を覆っていた鎧のような骨は殆どが砕けて、剥がれ、大剣で裂かれた部分は血が吹き出て、大楯の一撃でひしゃげた狐面のような仮面状の骨も無残に、度重なる魔法と大技で一応は生えていた毛はすべて皮膚ごと焼き焦げている。

もはや死にていに思われた。


「ねぇ、何か変じゃない?」


ようやく討滅できそうだと僅かながらに安堵したと同時。

アニーが死に躰の異形を見て口を開いた。


「何がだ?この程度で倒せたのかが?…流石に倒せないことはないだろう?なんならアストルフのヴォルカニックバーンはドラゴンすら一撃で殺せるんだ。二発も受けて、さらには大技を何発も食らった上に虎の子の小型爆弾二発。むしろ、よくもまあ原型をとどめていたも、の…?

…なあ、何か姿が違わないか?」


ガイもアニーの言う変な部分に気づいた。

大技を何発もくらわせた。

だから多少なりとも形が変わるのは当然。

しかし、それにしては変わり方が妙に感じる。

今までの四足歩行の動物の形から、骨格そのものが変形しているように見える。


「…全く、勘弁してくれよ。アニスのオムツすらまだ取れちゃいねぇんだ。こんなところで死にたかねぇぞ」


アストルフがどこかふざけた調子で目の前の光景に対する感想を言った。

アストルフの本能が叫んでいる。

この場は死地である、と。


「…ぷぎゅる…ぶぎゅる…」


芝犬もどきは

彼女の体は四足歩行から二足歩行へと変化していた。

厳密に言えば変化しかかっていたが、時間の問題でしかない。


「つーかっ、今までのダメージはどうしたんだよ。軽々と立ち上がりやがって、見た目相応の動きをしやがれってんだ」

「ボロボロなのは外見だけ、と思いたくはないがな」

「…たぶん、体の急激な変化と同時に再生しているんだと思う。体を癒やすというのはある種、体を成長させるようなものだって先生が言っていたから…」

「…てことはなにか?

あいつは戦いながらも急激に成長した結果、傷を癒し、二足歩行になったと?」

「たぶんね。実際には分からないけど、ダメージを受けても問題ないのであればアストルフの大剣を避けたりする理由がないもの」

「それに、いつの間にか複数あった目玉は消えている…俺たちの攻撃で潰れたのではなく、成長に伴って消した…?

過去に至る所に生息していた魔獣とはこんなにも厄介だったのか?」


いまだ、攻撃と防御魔法のみで回復魔法は使っていないアニーが回復士らしい知識から、芝犬もどきが立ち上がれた理由を推察する。

ガイは芝犬もどきの複数の眼球が無くなり、大量の回転刃に襲われなくなったことを喜ぶべきか迷っていた。

そして、アニーの推察は正解だ。


そろそろ芝犬もどきである彼女の全容をお見せしよう。


名前 異形の芝犬もどき

生物強度 81

スキル 骨格補助 矯正外骨格 鉄針仮面 魔眼ミキサー 超進化


単体の生き物に関わらず生き残りやすさを示す生物強度が圧巻の81。

そして、アストルフ達が手こずっている最たる理由がスキルの超進化である。

これは言葉の通り、スキル所持者の進化を超加速させるスキル。

周辺の環境と状況に超速で適応できる力だ。

ある程度は所持者の意思すら反映させることができる。

このスキルこそ、彼女が芝犬もどきから完全なる芝犬になるためのきざはしとなる。

が、必要とする進化のための行動が必須で、例えば芝犬になりたいのであれば、芝犬と接したり、食べたりして遺伝子を体内に取り込む必要がある。

つまり、完全体の芝犬になるためには、芝犬を見つけるところから始めなくてはならない。

そして、この世界では芝犬どころかイヌ科の動物そのものがほぼ絶滅状態。

超進化によって芝犬になるのはほぼ不可能である。

ちなみにエルルはそれを知っていたが、別にスキルで直接芝犬にするわけではなく、超進化なら歪な体の一つや二つ、簡単に治して見た目くらいなら芝犬っぽくなるだろうぐらいの考えでこのスキルを追加した。

彼女が芝犬もどきとなったのは魔王クリエイターでゼロからつくった際の材料不足だ。

材料不足のせいで、今の歪な芝犬もどきの姿が初期状態で、それをちゃんとした芝犬にするには別の生物扱いになってしまうがゆえにいじれない。

であれば、スキルの力で自力でどうにかしてもらおうと考える。

超進化であれば人間を間引いて捕食しているうちに足りない栄養素は補充され、補充されれば、動きにくい体をどうにかしようと彼女自身が考え、適応、改善するのでは?と。

完全な芝犬ではなく、最低でも外側のみが芝犬になれば良いのだ。

それなら容易だろう、と。


しかし、このスキルはそうした用途では使われなかった。

現在もまた、使われていない。

アストルフ達の度重なる攻撃によって彼女の超進化が体をより適した形に変える。

彼女が芝犬もどきからより戦闘へ特化した形へと。


「…仮面が崩れる」


アストルフのついの一言。

その通りに彼女の顔を被覆していた骨で出来ていた狐面が崩れて、ずり落ちた。

仮面裏に付いていた鉄針も一緒に抜け落ち、抜け落ちた穴から血が吹き出るもの束の間。体内の歪な骨や肉を固定していた鉄針の仮面は必要なくなった結果、崩れ落ちたのだ。

そうして仮面の下から露出したのは人間の顔である。

それと同時に体も徐々に犬のそれから前傾姿勢気味の猿のような二足歩行に。猿じみた二足歩行のそれから人間の完全なる二足歩行の骨格へと姿を変え、焼け焦げた体表の皮膚は剥がれ落ちて人間の肌が顔を見せる。


「…ぷぎゅ…るるるるぅああああああ嗚呼っ!!」


そしてあげられる奇声。

産声のようでもあった。


「…魔獣が人になったな」


ガイがぼやく。


「…信じ難いわね」


アニーが神の奇跡を目の当たりにしたかのような反応を見せる。地球においてはフィクション上で良くある獣の擬人化。ないしは人が獣になるのはよく見かける展開だ。

昔ながらの鶴の恩返しや人魚姫、最近ではドラゴンが人になったりなどは今や使い古されて、手垢がべっとり。

見かけたところで、またか、となってそこまで驚きはしないだろう。

しかし、現実に犬が人になったところを見ればどうだろうか?

この世界でも獣が人になるという話は各国で子供向けに話されている魔王物語をはじめとして、沢山あるものの、現実には地球と変わらない。

魔力というエネルギーが存在し、魔法があり、魔法と科学が融合した魔科学などという科学技術に変わるものがあっても獣が人になるのは不可能だとされている。


それを目の当たりにした3人の驚愕とは如何程のものか。

だからこそ、さしもの経験豊富な3人と言えども致命的な隙を作った。


「…まずはお前から」

「かはぁっ!?」

「ガイっ!?」


適当に放っただけ。

そうとしか見えないパンチがガイの懐にぶち当たると同時に、ガイの着込んでいた重鎧が砕け散る。

当然ながら、ガイは吹き飛び、幾つかの家屋を貫通しながら吹き飛んで行った。

先ほども体当たりを受けて吹き飛んだが、それとは明らかに飛ぶ勢いが違う。


「…なんなのコイツ。人になっただけじゃなくて喋るなんて…」

「アニーっ!今はそれどころじゃねぇだろっ!?」

「っ!?そうだわっ!ガイは大丈夫かしらっ!?」

「あいつなら大丈夫だと信じたいが、確認しに行く暇を与えてはくれそうにねぇぞ。

なんせ、驚いて一瞬の油断をしたとはいえど、あの一瞬でガイに接近してパンチを繰り出すなんざ、普通じゃねぇ。背を向けた瞬間、致命傷を喰らいそうだ」


3人の、いや、2人の第3ラウンドもまた、芝犬もどきからヒトへと進化した彼女の先制から。

そして、アストルフは本能的に理解する。

勝っても負けてもこれが最終ラウンドだと。


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