第13話
「ふわぁ……本当に魔獣なんかいるのかねぇ?」
「しゃきっとしてよね。もうここは一応は往来なんだから」
アストルフの身嗜みを整えながら、アニーと呼ばれた回復士兼一児の母は愛する旦那であるアストルフを諫める。
そして、その2人の前を歩く大柄な盾役、ガイ。
彼らは3人で悪の憩場と思わしきポイントを巡っていた。
先頭のガイが思わずとばかりにぼやく。
「どうせなら、観光地巡りをしたいものだがな」
「言うなって。俺だってこんなことをするくらいなら娘のアニスと遊んでいたいぜ」
だらけきっているように見えるがそこはさすが、英雄の名を冠する者がいる傭兵団なだけある。
その実、常に全方位に対して警戒し続けていた。
ゆえに気付く。
「む、アストルフ…」
「ああ、五箇所目でようやくかって言いたいところだが…この魔力は…人間のものくさいな。ったく、魔獣が出そうな場所の周辺は避難勧告が出てるはずなんだがな」
「だからこそ、違法取引の好機だと考えたのやもしれんな」
五箇所目の悪の憩場。
そこには悪徳取引を行う商人たちがいた。
「どうする?ついでに捕まえて置くか?」
「面倒だが、町民の1人として見逃すわけにも行かねーよな。じじいの奴、金一封ぐらいはくれっかな?」
「…まって」
3人の中で1番、探知に優れているのは回復士のアニーであった。
だからこそアニーの制止に2人は即座に従い、警戒心を最大にまで跳ね上げる。
そして、その判断は幸運と不幸を同時に運んできた。
幸運は目の前で頭ごとミンチになった悪徳商人達を見たこと。
被害者には悪いが、暴れている魔獣の攻撃手段を確認できた。
これは大きい。
特に探知能力に優れたアニーが見たと言うのが幸運だった。探知能力に優れているためにどのような攻撃であるかある程度見極めることができたからだ。
見えない回転する刃を飛ばしていたのを確認できたのだから。
その一方で不幸なこともある。
今回の悪徳商人達を殺したことで、彼女のとあるスキルがようやく使い物になるくらいに習熟したのだ。
「…ぷぎゅる…ぷぎゅる」
彼女はアストルフ達に気づき、見つめながらも声を出した。
それを不気味に感じながらも、武器を構えるアストルフ達。
「ようやくご対面というやつか。ネズミを大きくしたような魔獣だな?」
アストルフ達が住むアルマ共和国の近辺では、露出が多く四足歩行で絶滅していない獣はネズミくらいなために、一応は犬の形をしている目の前の魔獣らしき彼女に対して、ネズミか?と誰何するガイ。
もちろん誰何しながらも盾役としての仕事をするべく自らの大楯を構える。
それに続いて回復士のアニーが魔法を使うための補助器具である魔科学で作られたナイフを構えるが、アニーはこういうときに真っ先に声を挙げるアストルフが静かなことに気付いた。
どうしたのかと聞くために彼の方へ顔を向けると今までに数度しか見た事がないほどの深刻な表情を浮かべていた。
ガイもそれに気付いて、どうしたのかとアストルフに訊ねると、久しく聞かなかった強い緊張を孕んだ声で一言。
「…全力だ。全力でいくぞ」
「…なるほど。わかった」
「わかったわ。不可視の回転刃は私の魔法で逸らす。気にせずに攻めて頂戴」
付き合いが長い分、なぜ?とは聞かない。
本能的、とでも言いかえようか。
アストルフの本能が叫んでいた。
この場で殺さなければ、いずれ殺される。目の前の生き物は自分達に対する…いや、人類を捕食しうる天敵であると。
背中に背負っていた、彼のみしか満足に扱えないという特殊な大剣を抜き放ち、気合を入れるアストルフ。
「いくぞっ!!」
攻撃はアストルフ達からだった。
目にも留まらぬ速さで接近し、振りかぶった大剣を大剣とは思わせない速度で振り下ろす。
振り下ろされた大剣を背後に飛び避けながら、芝犬もどきの異形たる彼女はその両目から不可視の刃を飛ばす。
スキル、ミキサーの力だ。
大都市ランブルにてこっそりとしかし着実に人間を殺して喰らい続けたことで、今や硬い頭蓋骨も擦り潰すことが可能となった。ちゃちな鎧ならば鎧ごとミンチにすることも可能になったミキサーのスキルがアストルフに襲いかかる。
レベルアップなんてゲームみたいなシステムが無い以上、後からスキルが強化されるにはエルルの魔王クリエイターの力が必要となるが、彼女のとあるスキルの効果ゆえにスキルミキサーは鋼すら砕くほどの威力になっていたのだ。
「ウィンドキャッスルっ!」
すわ当たるかと思いきや、アストルフに向かう不可視の回転刃はあらぬ方向へと逸れた。
アニーの魔法による防御だ。
ウィンドキャッスルは高密度の空気の壁を発生させて、相手の攻撃を逸らしたり潰したりする高度な防御魔法。
単に強風を吹かせて逸らすだけのウィンドカーテンという魔法も存在するが、それでは守れないと判断したアニーはより高度な魔法を選択、瞬時に発動した。
彼女の力量が伺える。
「ドラララァッ!」
盾役を務めるガイは、普段はまず出さないような雄叫びを上げながら自らの大楯を振り上げ、落とすように芝犬もどきに叩きつける。
初めてミキサーの魔眼の力が通用しないことに一瞬の戸惑いを覚えた彼女は大楯の叩き落としをまともに受け、大楯ごと地面にめり込んだ。ガイの筋力と盾の自重による一撃はあまりの威力に地面が割って砕き、小さな爆発が起こったかのような轟音と共に砕けた床材と砂埃が舞う。
「やれっ!」
ガイの掛け声が先か、ガイはその場から退く。
彼の背後には一瞬のタメが必要な大技を準備し終えたアストルフ。
文字通りの意味で火を吹いている大剣を
「ヴォルカニックバーンッ!!」
振る。
振ったと同時に圧縮され尽くした結果、物理的な攻撃力を持つようになった炎の斬撃が大剣から繰り出された。
ソレは地面を抉り飛ばしながら、地面にめり込んで怯んだ芝犬もどきの異形へと向かい大爆発を起こした。
周囲に避難勧告が出されているとは言えど、下手をしたら避難勧告エリア外にまで被害が及びそうな強力な一撃。
本来ならば使うつもりのなかった一撃を繰り出したアストルフは3人の連携からの大技を繰り出してなお、微塵も油断していなかった。
「…予定ではこんな技よほどのことでもないと使いつもりなかったんだがな。ったく、あとから更地になった家屋類の弁償なんてことにはならないだろうな」
軽口を叩きながらもアストルフの視線は大技によって引き起こされた爆心地に固定されたまま。
大剣もいつでも振れるように、わずかに振り上げた状態を維持しつづけている。
仲間の2人もアストルフと同じく、すぐに攻防可能な態勢を維持していた。
「…ぶきゅ…ぶぎゅる…ぴゅう……ぴゅう…ぴゅう」
そして、その警戒は正しかった。
爆発によって巻き起こった爆煙と砂塵にて確認出来なかった芝犬もどきたる彼女の姿は、犬形を維持するための外骨格たる体表面の骨のところどころが砕け、剥がれ、焦げ付いているものの、依然健在。
さらに、鳴き声とは別にぴゅうぴゅうと変な音がするなと良く見ると、体表からぴゅうぴゅうと小便のように血液が噴き出していた。
ぴゅうぴゅうという音はそこから出ているようだ。
「…ますます気持ちわりぃ姿になりやがったな。なんで血が噴き出ててくるんだか」
「アストルフのヴォルカニックバーンで、というのは無理があるな。血が噴き出るような小さな傷口は焼き潰されるはずだ」
「そもそもそんな傷が付くような攻撃してないじゃない。…あの化け物が自分からそうしていると考えるのが自然よね。このまま放置していたら出血多量で死なないかしら?」
「そんな都合の良い相手には見えねーけどな。ダメージがないわけではないようだし、もう一発いっとっか?」
まるで沢山の穴の開いた水風船のように体の至るところから血がぴゅうぴゅうと噴き出る異形はいまだ動かないまま。
しかし、その時は突然に訪れた。
「うげっ!?」
「なんとっ!?」
「っ!?
ウィンドキャッスルっ!」
血が出ていた穴から小さな目玉が飛び出してきた。
そして、当然ながら目玉が付いているということはそこからも
「一発じゃダメだから沢山ってかっ!?」
「だめっ!ウィンドキャッスルじゃ持たないっ!?ここから離れてっ!?」
「ぬぅ!?」
沢山の目玉が彼らを凝視すると同時に不可視の回転刃が3人目掛けて射出された。
その量たるや、優に数十を超える。
頭蓋骨ごとミンチにできる威力を持つ攻撃がアニーの使った
一部はすぐに貫通し、いくらかは3人の近くに被弾。
砕けた地面が3人を怯ませた。
その隙を逃さず、芝犬もどきの彼女は接近する勢いそのままに体当たりをした。
まず先に狙われたのは防御魔法を扱い、先ほどから不可視な筈の攻撃を見破る後衛の女。
これで仕留め切るとばかりに繰り出した体当たりはガイの大楯で阻まれた。
であれば、目の前のガイごと後衛の女を潰す。
そう判断し、さらに力を込める。
拮抗は一瞬。
ガイが打ち負け、体当たりに押し出される瞬間、アニーは横に飛び退いて巻き込まれるのを回避した。
ガイはそのままいくつかの家屋を打ち破りながら吹き飛んでいく。
第二ラウンドは彼女の先制攻撃からはじまったのだ。
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