あなたに続く道

ぼくとソニアは前後に並ぶ。それがルールだ。ソニアが前で、ぼくが後ろ。父さん、ぼくは鶏頭にも牛後にもなれなかったよ。

ソニアは社長で、ざっくりいうと運送業をしている。AからBへなにかを運ぶ仕事だ。あらゆるものが3Dプリンタの発達により即座に運搬できる時代になったけれど、案外多くの人は連続性ってやつにこだわりがあるらしい。本やら壺やら楽器やら、思い入れのあるものがソニアに託され、ぼくが抱え、AからBに運ばれていく。

「台車に乗せたらだめなの」

「バカ。そんなのしたら商品価値が落ちるよ。我々の」

「腕に抱えても台に乗せても、何にも変わんないでしょ……」

「そんなことない。抱えるってところがミソなの。その証拠に、なんとかやれてるでしょ、私たち」

利便性が高まれば高まるほど、ローテクな方法には真心ってやつが求められるようになった。真心のこもったローテクだけが生き残った、とも言い換えられる。

これはほとんどスピリチュアルでぼくには理解不能だ。そんなぼくに何の感慨もなく抱えられている箱の中には、誰かの骨が入っているらしい。骨壷というやつだ。墓に収め損なったのか、あるいは離れがたかったのかは知らないけれど、依頼者の頭がどうかしている。とはいえ、こういう依頼はまあまあある。というか割合で言えばそれなりを占めている。もう骨壷を抱えるのにも慣れてしまった。

「こういうのはねえ、物質として転送可能でも、やっぱ元々人間だったものだしね」

「生物の転送ができないのと、元々生物だったものの転送を拒否するのは、別の話だと思う」

「同じ話だよ。生き物が転送できるようになったらみんな愛した人の骨も転送するようになる。死んだ人間と生きてる人間の区別があんまりつかないの、みんな」

「適当いうなあ」

「ほんとだよ。もし私が生きてる間に生物転送が可能になったら、きっと廃業だなあ。なるべく先になってくれればいいんだけど」

「実験動物も倫理的にだいぶ厳しくなったっていうし、難しいんじゃない……」

「難しいだけ。いつかできるようになる。いくら手足を縛っても、人類の進化は止まらないよ」

きっと誰かが実現してしまう。生きた人間を非連続的に動かす方法が。ソニアは寂しそうに断言した。明日とても悲しいことが起こるのだと言うような口ぶりだった。

「うーん、需要は減らないと思うよ」

「なぐさめ?」

「ううん。移動が楽になればなるほど、たぶん大切なものをゆっくり運ぶことの贅沢さが増すでしょう。生きた人間に抱えさせて運ばせるって、昔のお殿様みたいだし。そういう意味で、つまりなんていうの、特別感?そういうもののために、残り続けると思う」

「それに、生きた人間は主観が連続性を証明するけど、物にはそれが難しい。だからやっぱり、運送は無くならない。と思う」

「へえ……案外考えてるなあ」

「バカにしてる?」

「してない」

ソニアを慰めてるつもりなのだ、これでも。誰かと誰かを繋ぐという仕事を、分断されきったこの時代の中で連続性に価値を見出したことを、ぼくは讃えたい。だからこそぼくはソニアの後ろを歩くのだ。

「早く行こうよ、お客さん待ってるよ」

僕が急かすと、ソニアは焦って少し早足になった。抱えた誰かさんの骨を持ち直し、ぼくたちは先を急ぐ。

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短編 塗木恵良 @OtypeAlkali

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