ゴーストデバッガー

全てがバーチャル化したことにより、幽霊は何でことはない現実になった。


20世紀の終わりからこっち、ITとか情報とか呼ばれる産業は破竹の勢いで成長した。まあつまり、0と1とで万物を語り、ありうべからざるものをあることにさせる技術だ。リアルには存在しない手紙がメールと呼ばれたように、現実はどんどん電子の海に転写されていった。バーチャルとは仮想の意味だけれど、今となっては仮想と現実というのは住む国の違いくらいのものでしかない。つまり法律も風俗も異なるが、馴染んでしまえば都というような。

「隣のね、廃墟にね、女の幽霊が出るんだって……」

「そうか」

「何でそんなに無関心なの?見に行こうよ〜」

「やだ……」

「一緒に見に行ってくれないとお前を幽霊にしてやる」

「最悪……」

カナメは何が面白いのか幽霊ウォッチングを趣味にしている。何が楽しいのか分からない。

最初に言った通り、幽霊はもはやありふれているからだ。

「誰かがクラックかけた残骸だろどうせ」

「もっと夢のあることかもじゃん!」

「なら幽霊って呼ぶのやめなよ……」

ぼくたちはフルダイブ世代だから、学校も生活もほとんどを仮想空間で過ごす。もちろん放課後も。学校終わり、本来ぼくたちの年頃なら時間なんて足りないくらいなものだろうに、僕とカナメは暇を持て余して街中のテラスをうろつくのが関の山だ。クラスメイトの中には仮想現実を嫌って学校が終わるなりログアウトしていく奴もいる。そういう強固な価値観を持つ奴を見ると、なんとはなしに羨ましくなってしまうのは、他人事らしい無責任さのなせるわざなのだろうか。

ねえねえ、と腕に縋り付くカナメの頭をチョップする。

「どうせあれだろ、バグが見たいんだろ」

「幽霊!」

「同じじゃん」

「虫より幽霊のほうが響きがいい」

まあ、そういうことだ。

仮想現実は0と1の塊だ。そこにりいくら質感があろうとも、シミュレートされた演算結果であり、エミュレートされた虚構だ。1+1が2であるというのは、リンゴを並べて証明するには容易いが、数式では如何様にも変えられるように見える。1+1が3である、ということを言葉で語ることは誰にも止められない。誤りであると後から指摘できても、誤つことは阻止できないのがその証拠だ。

そう言うわけで、仮想現実にはそういう誤ちが存在する。幽霊として。バグとして。もちろん、ぼくたちフルダイブ世代が誕生するまでに長い長い時間と膨大な労力をかけて開拓された電子の荒野に致命的なバグはほとんど存在しない。それならまだログアウトした時に車に轢かれるほうが確率的には高いはずだ。

なので残っているのはほとんど無害なものだ。それこそ誰でもない(つまり物理現実からログインしているわけではない)女がぼうっと立っているとか。

ちなみに、そういうバグを発見して管理権のあるユーザに報告するとお駄賃程度ではあるが報酬が出る。それを目当てにデバッグする人たちもいるが、カナメのこれはただの趣味だ。

人は古くより幽霊を恐れた。いるはずないのにいるだとか、死んだはずなのに立ってるとか、そういうあり得ないものを望んだ。つまり、バグだって同じと言うことだ。

そういう意味では、カナメは古き良きオカルト趣味なのである。お化けを怖がるのは学生として健全なのだろうか?それくらいの疑問は許されて良いはずだ。

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