不平等起源の専制君主
多様性とはつまり、不幸な人間を認めるということだ。誰もが一様に幸福な社会など多様性に欠けるだろう。
独裁者はモゴモゴと語った。口いっぱいにカオマンガイを頬張りながら不幸を語るのはなかなかどうしてチグハグで、どうにも頭に入ってこない。
「お前、今の状況わかってるのか」
独裁者の喉にナイフを添えながら尋ねる。ぼくがわずかに手首を捻るだけで頸動脈がぶちりとなって簡単に死んでしまえるというのに、独裁者ときたらスプーンを止めるそぶりすらない。まぐまぐまぐまぐ、ハムスターか何かのように食べ物で口の中を埋めないと気が済まないらしかった。
「分かってるとも。君は私を暗殺しにきた。そうだろう?」
「なら、どうして飯を食う手を止めない?」
「お腹が減ってるからだよ!最後の晩餐になるかもなんだぜ、食べないと後悔のあまり死ねない。それくらい許してくれよ」
「市井の人々がどんなに苦しんでるのか理解した上で言ってるのか?」
「苦しみもまた多様性だ。多様であることを望んだのは彼ら自身だよ。私はそれを助けただけ」
独裁者はチキンスープで喉を潤し、また鶏肉を頬張ろうとしたので皿を取り上げた。さっきからもっちゃもっちゃと咀嚼してる間会話が止まるのでやりにくくて仕方がない。
「詭弁だ」
「だが真実だ」
「人々がみな幸福になるために多様性が担保されるべきなのであって、逆じゃない」
独裁者の目は完全に食べかけのカオマンガイに釘付けになっており、返事をまともに考えているかも怪しいものだ。ぼくが取り上げた皿を恨めしげに目で追いながら、独裁者はゆうゆうと言葉をつむぐ。
「同性愛が認められたら同性愛者と異性愛者の間で戦争が起きるよ。必ずね」
「証拠は?」
「ない。けれど私の国で実験することはできるよ。どうする?見せてあげようか、私の国が愛で滅ぶとこ」
「遠慮する」
「別に遠慮しなくていいのに」
指先一つ、言葉一つで国を好きにできてしまうと、全能感で馬鹿になってしまうのだろうか。ぼくは思い、そして忘れた。国が滅びるところは何度見たって心が痛む。見ずに済むならそれに越したことはない。
「かの有名なアンナ•カレーニナの冒頭は知ってる?れ
「は?」
「有名だろ、幸福な家庭は一種類だが、不幸な家庭は人の数だけとね。多様性とはつまり、幸せな一握りの他は不幸になるというピラミッド的差別形態なのだよ」
だめだ。この独裁者ときたら、とにかく多様性を否定したくてたまらないらしい。ぼくが適度なお題をふっかけたら話題を必ず多様性の否定に繋げてしまいそうだ。他人で見る分には愉快だとして自分で巻き込まれたくはない。
「ぼくたちはただ幸福になりたい。誰かを不幸にしたいわけじゃない。最大多数の最大幸福よりもっと完璧な形で、誰も踏み付けにならないように」
「や、立派な夢だ。大統領が指名制であれば君を選びたいところだね」
「ふざけるな。お前は大統領でもなんでもない。独裁者だ」
「そう?」
独裁者はカオマンガイに手を伸ばし続けている。
「お前のように他人を不幸にして平然としていられる人間が、まともな統治者であれるはずがない」
「そうかもしれないねえ」
じゃあ、うん。そうしようか。独裁者は軽やかに口ずさみ、そして首に添えたぼくの手をそっと指先でなぞった。かと思うと、ク、と力を入れる。
「君に私の国をあげるよ。君が、他ならぬ君が、私に変わってこの国の人を幸せな不幸にしてみてくれ」
幸せな不幸。それは何か、と聞く前にぼくの手は血に塗れている。独裁者の頸動脈がぶつりと破れたからだ。あてがっていたナイフに独裁者自ら首筋を寄せたからだ。生暖かい血がぬるぬると肌を伝うのを感じながら、ぼくは途方に暮れた。
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