脳味噌半分だけで見る夢
おやすみ三秒。おはよう三分。
当然、ぼくらはずっと夢を見ている。
「寝てた」
「うわ。びっくりした。おはよう」
学校に行く途中、となりのルイがわずかに目を瞑っていたかと思うと、急に口を開いて覚醒を宣言した。エスカレーターに運搬されながら手元のデバイスで最新玩具の機能比較なんかを見ていたぼくは思わずびっくりする。没頭しているところに声をかけられたら誰だってびっくりするだろう、そういう意味で。
「ルイが起きたならぼく寝ようかな」
「おー、寝て寝て」
「やっぱいいや。昨日D地区まで行ってたから移動時間ずっと寝てたせいで眠くない」
「遠、何しに?」
「神輿担ぎに」
ぼくの嘘にルイはケラケラと笑った。本当はまあ血族のあれやこれやだったのだけれど、それを話すのはやはり憚られる。誰しも家庭のややこしい事情は抱えており、そう簡単に他人に踏み込まれたくはないものだ。逆もしかり。
ルイはふわわ、とあくびをする。
「まだ眠い?」
「ん、もう少し寝ようかな」
「いいよ、肩貸すよ」
「あんがと」
ルイの頭がぼくの右肩に乗ってくる。こういうところで遠慮しないのがルイのいいところだ。ぼくはポンポンとその丸っこい頭を撫でてから、手元のデバイスに視線を戻した。ふわっと香る花のにおいはシャンプーだろうか。
人類の社会は無駄を嫌った。それは産業革命が始まってこの方、ずっと過激になってきた思想だった。時代があとになるにつれて、緩和と緊縮を繰り返しながら、それでも長い目で見れば人類社会は無駄をはぶきつづけた。
移動の時間と睡眠の時間。これらがどうしても無駄だ、というのが無駄を憎む人類の共通の敵になったのはつい最近のこと。そしてそれらを打倒するために人間は進化することにした。(無駄を省くためだけの進化なんてそれこそ無駄なんじゃないの、なんて言わない)
細切れに睡眠を取れること。その細切れの睡眠を移動時間に充てること。前者は遺伝子操作で、後者は街デザインの環境工学で実現された。今やあらゆる人は立って眠ることができるし、三秒で寝付くことができる。睡眠サイクルはかつての90分から大幅に短縮して3分へ。あらゆる道はエスカレーターかエレベータへ。そうして全ての準備が整うと、人間は移動時間にのみ眠るようになった。八割の人はベッドを持ってない、なんて統計もあるらしい。残りの二割は子供だそうだ。流石に成長期の子供は移動時間だけでは睡眠が足りないので、家で眠る。あとはまあ、大人の家にベッドがあるとしたらそれは口に出してはいけない。まあ触れられたくないことって人にはたくさんあるし、そういうのってデリケートじゃないですか。
ぼくの肩ですやすやと眠るルイは、一応成人だ。ついこの間まで成長期が終わらなかったせいで、今だに家のベッドでよく眠ってしまうのだという。過眠症なのかもしれない、とものすごく眠そうに言われたことがあるが、ただ眠るのが好きなだけじゃないかなあ、と思っている。何せぼくがすこし声をかけただけで起きるのだから。実際のところぼくは専門でもなんでもないからわかりっこないが。
ぼくはこん、と軽くルイの頭を小突いた。
ルイの頭の中では忙しなくレム睡眠とノンレム睡眠が繰り返されている。一炊の夢という言葉がある通り、睡眠の長さと夢の中での時間経過は必ずしも一致しない。だからわずかなレム睡眠の間に、ふつう見られないくらいたくさんの夢を見ることになる。それを喜ぶ人すらいるらしい。世の人というのはとことん分からない。
ぼくはふわ、とあくびをした。眠っている他人がこうも近いと、流石に眠気が移ってくるような錯覚を覚える。はやく目が覚めないかな、と思いながらエスカレーターの先を眺めた。目的地はまだまだ遠そうだった。
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