末法保安官、荒野をゆく
道端で人が死ぬのも日常茶飯事だ。なんてったってすべては許されている。たった二つしかない法律は、法律を新しく制定することを禁じること、そしてその法律の破棄と改訂を禁じること。つまりぼくらは未来永劫自由だ。少なくとも法律という意味において。
コビーはペロペロと飴を舐め、案外平和だね、と馬鹿みたいな感想を述べた。どこ見たらそんな感想が浮かぶんだよ、と突っ込もうとしてやめた。ぼくたちはこの地獄絵図を日常として認知する必要に駆られている。そういう君ではコビーは頭と価値観のアップデートに成功し、ぼくは失敗していた。
「こんな中で殺人犯を捕まえてどうするつもりなの?」
「さあ?」
「突き出す場所はないし、裁判所もないし、処刑人もいないんじゃ、意味ないよ」
「意味はあると思う。まあ、なくてもいいでしょ」
投げやりなぼくの答えに、コビーは飴を咥えて黙り込んだ。ここで追及できないあたりが、未だにぼくとつるんでいる理由なのだろう。たぶんコビーはとっくの昔にぼくへの愛想は尽きてしまっている、
「殺人は罪だよ。法律はルールであって善悪を規定するものじゃない。だから法律が禁止しないなら、より純粋に善悪が人を裁くしかない」
「勝手に裁くのってどうなの?」
「バグみたいなもんだね」
「意味わかんねぇ〜」
法律がなかった頃だって善悪はあったはずだ。それがいつのまにか法律で決められたことが善悪ということになってしまった。逆転とでも言えばいいのだろうか。ぼくはその辺りに詳しくないけれど。
法律と善悪が癒着した世界で法律が廃止されてしまったら、善悪はどこにも無くなってしまった。でもそんなのは一時的なものだ。ぼくはそう信じている。
「そのうち殺されるよ、君」
「まあ覚悟してるし」
「巻き込まないでほしいな〜」
「巻き込まれないように頑張って」
「ひでぇ」
突き放すようなことを言ってみても、やはりコビーには申し訳なかった。
「まあ、コビーなら大丈夫だよ。コビーは強いから」
「そりゃ、ドーモ」
「そのせいでぼくなんかに巻き込まれてるんだけど」
「上げて落とすなぁ」
「グダグダ言ってないで、行こうか」
「どこに?」
「早速、殺人現場に」
ぼくのことばに、コビーはふうん、と頷いた。残念ながら殺人さえも咎められないこの社会では、あらゆる場所が殺人現場でありうるわけで、取り立てて珍しいものでもない。
「末法の世の探偵って感じだねぇ」
「探偵ってほどでもない。みんな隠蔽なんてほとんどしないからね。隠さなくったてって誰も責めやしないんだから隠すだけ損なんだもん」
「じゃあ、何?」
「うーん……警察?保安官?裁判長?」
「保安官にしよう、他は法律の門番って感じだから」
末法の保安官、なんだか売れない西部劇のタイトルみたいだ。でもそこが気に入った。
「よし、じゃあ、しますか。世直し」
「おう」
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