おかしなビューティー
「美しいね、という言葉をこの国で人に向かって使ったらだめだよ」
ホルンは空港のエアポートに降り立ったばかりのぼくにそう言った。ぼくは意味がよくわからないままではあ、と気の抜けた返事をした。
「きれいとか、かわいいとか。容姿を褒めるようなことを言ったらだめ」
「はあ……」
「ほんとに分かってる?」
「いや、まあ、国ごとに価値観は色々だと思いますけど……理由を聞いても?」
ぼくが尋ねると、ホルンは顔をくしゃっと歪めた。そこに触れてほしくはなかったなあ、という顔だ。外交官のくせにこんなに顔に感情が出て大丈夫なのか心配になる。ただでさえ無邪気な言動は危なっかしいのに。こんな人を外交官にしているというのも、この国のおかしさのひとつなのかもしれなかった。
とはいえ、ほとんど鎖国している国だ。観光客もほとんど許されていない。そこにぼくのような三流研究者が呼ばれたのは奇跡みたいな確率だ。やっぱりそこもこの国のおかしさなのだろうか。
ホルンはたっぷり時間をかけたあと、答えないわけにはいかないと判断したのだろう。口元をまごまごさせて言う。
「この国ではねえ、貧乏な人ほど容姿が整ってるの」
「はあ……?」
「ほら、随分昔ってお金持ちほど太っていて、貧乏な人ほど痩せてた。それが時代をうつると逆転したでしょ」
それと逆のことがおこってるんだ、この国。ホルンは遠くを見ながらそう説明した。突き抜けるような青い空に、ホルンが何を見ているのかはぼくには分からなかった。
「お金持ちな人ほど、美しさにお金をかける必要がなくなるの。顔をどうこうしなくても愛してもらえるし、支持してもらえる。逆に顔だちが整っていると、見目を繕っているのか、そこまでしないといけない理由が何かあるんじゃないかと思われてしまう。だからあえて自分の顔を醜くするように整形する人だっている」
まあ、それはバレると大問題だから面沙汰にはなってないけれど。すらすら喋るホルンに対して、ぼくの混乱はひどくなっていく。
「それは変じゃないですか、太っている人が増えたのは食生活と生活習慣の問題で、美しさっていうのは努力の末にもたらされるものでしょう。なら市井の人々は、いわゆる貧しい人々は、努力して自分から蔑まれるための美を獲得していると?」
「ああ、そっか。外ではそうだよね。でもこの国では違う」
この国はみんな、デザイナーベビーなんだ。ホルンはなんてことないように言った。
少子化が昔ひどくなったころにね、母体に負担がかかる出産はやめにしようということになった。それからはもうなし崩し。病気にならない子を、が、体が強い子を、になり。奇形でない子を、が、美しい子を、になる。タガが外れれば際限などは存在しない。
「貧しい人が子を持ちたいと思うとね、どうしてもデザイナーの提示する一番やすいプランしか選べない。そうなると、皆いちように美しく生まれてしまうのさ。それぞれの遺伝子の傾向を残してはいるけれど」
美しさとは山の頂点にいたることであり、美しいもの、というのはどこかしらに相似が生まれる。この国の人はみな似ているよ、とホルンは自虐めいて言った。
「さて、立ち話もなんだし。行こうか。空港に入って驚かないでね」
「はあ……美しい人が多いからですか?」
「まあ、有り体に言うとそういうこと。私は逆に外の国にいった時、みんな美しくなくて驚いて、空港のエントランスでパニックになったから」
「それはさすがに……」
ぼくが苦笑すると、ホルンは声をあげて笑った。緊張をほぐそうとしてくれるあたりは優しさと言って差し支えないのであろう。ぼくはネクタイを締め直した。さて、この奇妙な国は、きっと見目だけではないおかしさを湛えているに違いない。気は抜けなかった。
ホルンは「さあ、ようこそ、我が美しきふるさとに」と両腕を広げて見せた。
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