愛玩のための命
捨てられていた人間を拾った。ダンボール箱に入れられたその子はスノウと名乗り、自分が愛玩用人間であること、ぼくに飼ってほしい、と言った。
結局、人間が一番愛することができるのは人間だ。なので、愛玩動物としての人間にも需要はずっと存在していた。古くを遡れば古代エジプトやアテネにだって少年少女の奴隷というものは存在していたのだ。そう考えれば、愛玩用の人間が開発されるのもそう不思議なことではなかった。
あいにくの雨の中、しとどに濡れる人をそのままにしておけるほどぼくの良心は死んでいなかったらしい。とりあえず一晩だけ、とスノウを家に招き入れた。風呂を沸かしてやり、その間に通販で愛玩人間用の服をレンタルした。
犬猫とは流石に同じではないだろうから、この場合連絡は保健所に入れていいものか悩んでいるとスノウが風呂から上がってきた。タオルだけ巻いて浴室から出てこようとしたのでぎょっとする。レンタルしたばかりの部屋着を指差し、
「そこに服が置いてあるから、着て。サイズは適当だけど」
「おっけ、ありがと」
スノウはひゅ、と浴室に服を引き込んだ。一人暮らしの部屋に脱衣所なんてものはついていないので、濡れた浴室で着替えるか、さもなければぼくのいる部屋で着替えてもらうしかないのだが、羞恥心というものが愛玩人間に存在するのかと少しびっくりする。あるいは、捨てられた前の飼い主にそう躾けられたのかもしれない。
「着替えたよ、そっちいっていい?」
「ああ、はい」
「へへ、あったまった。本当に助かるよ〜」
肩にタオルをかけたままのスノウはへらへらと笑った。そうしてみると愛玩人間はふつうの人間と区別がつかない。確かに鑑賞に耐えうる顔といえばいいのか、容姿は優れているように見えるけれどそれだって普通の人の範囲だ。アイドルとかモデルとか、そんなレベルではない。
ぼくがこそこそと視線を投げていることに気がついたのか、スノウが首を傾げる。
「何?きになる?」
「いや……」
「あ、わかった。うちが愛玩か疑ってるんでしょ。いちおう血統書あるよ、みる?」
そう言いながら、スノウは自分の右腕に刻印されたタトゥーを示した。機械的な文字列はいわゆる認識コードというやつだ。ぼくはデバイスを起動しコードを読み取る。即座にブラウザが立ち上がって、スノウの血統情報を列挙するページに飛ばされた。
「野良猫と違って、うちらはちゃんと血統管理されてるからね。まあそこらの動物と違って人間の体をしている以上、簡単にこどもを産んだりってできないし」
そもそも野良の愛玩なんて存在しないでしょ、とさっきまで捨てられていたくせにどこか他人事みたいにスノウが言う。ぼくは愛玩人間にこれまで興味もなかったし、そんなものを飼うような友達もいないので言われるがままに納得した。スノウの血統が十代まで遡れること、ブリーダーの名前と所在地を確認し、とりあえず明日はブリーダーに連絡を取ってみることにした。
「そういえば、寝る場所がないな……」
「ああ、大丈夫大丈夫、うち床で寝れるし」
「それはぼくの良心が咎める」
「ははは、そりゃ普通の人間なら問題かもだけどさ。うち愛玩だから遠慮するだけ無駄だよ。それとも一緒に寝る?」
「見た目は人間じゃないか。それを無視しろっていうのは難しいよ」
「君も飼い主さんと一緒のこと言うんねえ。似てるなあ」
スノウがしみじみとそんなことを言うので、ぼくはなんとなくバツが悪くなった。捨てられたばかりで飼い主にいい思い出はないだろう。思い出させて申し訳ない、という感情が顔に出ていたらしい。スノウはケラケラ笑う。
「別に気にしてないよう、愛玩って相性があるって聞いてるから一発で終生の飼い主を見つけるってもともと難しいんだ」
「へえ……」
「だからうちも明日ブリーダーさんとこ行くつもり。君は飼ってくれないみたいだしね」
「まあぼくのうち狭いから」
「お金もなさそう」
「学生だよ、ぼく……あるわけないよ」
ぼくが肩をすくめると、スノウはへえ、と面白そうに目を細めた。ズケズケと踏み込んでくるくせに、変なところでデリカシーがあるやつだな、と思う。
「とにかく、今夜はよろしくね」
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