モノガミーは嫉妬の母

類人猿において、一夫一妻の種ほど雌雄の体格差が少なく、逆に一夫多妻になるほど差は大きくなる。たとえば性的差異がかなり少ないことで知られるテナガザルはモノガミーだし、雌が雄の半分くらいの体格になることもあるボノボはポリアモリーの代表格だ。

ならホモ・サピエンスは、というのはあまりにも安直な疑問だけれど誰しも気になるだろう。けれどそんな生物学的な差異で社会を規定するべきじゃないと騒ぎ立てる人間中心主義者がこの世には多すぎた。

なので女性と男性体格は今となってはほぼ変わらない。いずれも平均身長170センチ。ミリ単位まで揃う徹底ぶりは、ほとんど脅迫的である。

「モノガミーは嫉妬の母だ」

ブスくれた顔でキルトは肘をつく。研究室には数人が残っているが、皆が皆忙しそうに片付けをしていた。かく言うぼくだってての中には顕微鏡の収まった箱が一台抱えられている。

「君のお父さんとお母さんは一人だけなんだ?」

「いや、父は三人、母は五人いる。兄弟は全部で十六人」

「それはその……大家族だね」

「みんなてんでバラバラに暮らしてるからそんな感じはしないよ。ただの遺伝子提供者たちとインセスト・タブーたちって感じ。そっちはモノガミーだろう?」

「うん。両親合わせて二人」

言葉にこそしなかったけれど、キルトの視線にはちょっした羨ましさ、みたいなものが滲んでいて居心地が悪くなる。生まれる環境は選べない。ぼくがモノガミーの家庭に生まれたこと、キルトがポリアモリーの家庭に生まれたこと、どちらも所与のものだ。

「どうしてモノガミーが嫉妬の母だって言うの?」

「独占するからさ。パートナーを一人につき一人しか持てないから、優秀な個体は誰からも欲しがられるのにそれと番えるのは一人だけ。嫉妬は際限がないよ」

「そんなこと言ったらポリアモリーだって、優れた人ばっかりがパートナーを独占してしまうんじゃないの……」

「かもね」

ぼくの反論に、キルトは肩を竦めるだけで怒りも苛立ちもしなかった。あくまで実験室の片付けが終わるまでの暇つぶしということなのだろう。暇潰しでこんな政治的に難しい話をふっかけられるぼくの身にもなって欲しい。

「なんでそんな話をしたの」

「我々もそろそろそう言う時期だから」

「そっか……」

ポリアモリーかモノガミーか。社会はぼくたちに選択権を与えた。二十一世期からこの方多様性が絶叫されて久しいけれど、どうして大声で喚き立てないといけないかと言えば管理が難しいからだ。となれば、そのうちに個人に丸投げされる時代がやってくる。ぼくたちはそういう時代に生きている。

大学を出ればぼくたちは社会人だ。そのとき、ぼくらは二つの社会を選ぶことができる。モノガミーの人たちが暮らす社会と、ポリアモリーの人たちが暮らす社会。昔は渾然一体としていたらしいのだけれど、ほとんど相反するこの二つのイデオロギーは相性が最悪だった。ものすごい数で刃傷沙汰が蔓延っていくので、行政は仕方ない、手を入れることにしたのだ。そして出来上がったのが社会の分断というわけ。何せ、恋というのは残念ながら人間にコントロールできるものではない。日頃顔を合わせていれば芽生えてしまうこともある。だから、モノガミーとポリアモリーは同じ箱にいれることはできなかった。そこには爆発的な嫉妬の嵐が発生してしまうから。

恋愛が多様化したとき、とかく心中が流行ったそうだ。

主犯はモノガミーの人たちばかり。愛した人を他の恋に取られないために、意中の相手の同意をとったり取らなかったりして、線路や海やに飛び込んだ。モノガミーは嫉妬の母だ、と言ったキルトは正しい。そして嫉妬は、おそらく殺人の母だ。何せカインとアベルの最初の殺人の時だってそうだったのだから。

「どっちにする?」

「君の行く方かな」

ニヤニヤと揶揄い混じりに最低なことを言うキルトに、ぼくは肘をめり込ませた。

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