永遠に同期

君より重たい命はこの世にはないんだよ。そう言ってみんなぼくを残してどこかへ行ってしまった。

カグラさんは今のパートナーだ。けれどそろそろ終わりだろうなと思う。みんなが去っていった時と同じような顔をしているし、この前まで冷たいほどよそよそしかったのが急に優しくなった。離れていくと決めると、人は寛容になる。カグラさんもそこは普通のひとと何も変わらなかった。

違うと思ったのに。

食卓。完璧に完全に模範的な食卓。

ぼくらは背筋を伸ばして座り、お行儀良くカトラリーを操る。沈黙と多弁の中間くらいのちょうどいい会話をする。

楽しかった。ここ最近ずっと気鬱に塞いでいたカグラさんの相手は正直しんどかったから。カグラさんは頭が良くて、ぼくなんかよりよほど物事を知っていて、人間として好ましい人だ。

でもカグラさんは去っていく。近々。あたりまえのように。

ぼくはなんだか疲れてしまった。なのでカグラさんより先に言ってしまうことにした。

「いつにするんですか」

「ん、何が?」

「ここを去るんでしょう?」

「え、」

「ぼくより重い命はないから」

自分で言って、その言葉の軽さに笑ってしまいそうだった。これまでぼく付き合ってくれた人たちは、喉から血が出そうなほど苦しんでその言葉を捻り出していたのに、今ぼくの口からまろびでた音韻のなんと軽薄なこと。そこには自意識過剰とも自己愛とも違う、自虐めいた響きがあった。そしてそれはただしく自虐だった。

カグラさんは透徹した目をしていた。ぼくの先輩。ぼくのパートナー。憧れの人。怖い人。優しい人。そして、ぼくが求めるほどには強くなかった人。

それでもカグラさんは十二分に強かった。驚いた顔のあと、ふっと柔和に微笑んだ。

「その言葉は正しい。けど君は正しくない。君の命が全人類の命と接続されているからと言って、君の命そのものの価値が変わるわけじゃないさ」

人類はいつまで経っても永遠が好きだった。

どんなに技術が進歩しても、倫理が発達しても、物語がうず高く積み上がっても、ずっとずっと変わらなかった。永遠を愛していた。不滅に恋をしていた。

道ならぬ想いが実ってしまえばあとは不幸に落ちるだけ。あらゆる恋と同じ末路を辿ることになるとも知らなかった。

人類が永遠のために手にしたのは、同期という手だった。完璧で完全な状態の人間に、他のみんなは同期をかけ続ける。だから手足を失っても同期すれば元どおりの状態になるし、内臓が腐っても脳みそが溶けてもセーフというわけ。加齢以外はこれでオールクリア。

そしてぼくはその同期先、ということだった。みんなが元通りになるためのクリーンでパーフェクトな肉体でいること。完璧な食事と完璧な肉体とを維持し続けること。もしぼくが指先に切り傷を作ろうものなら、次の日から全人類が指から血を流す。ぼくは怪我の一つもできやしない。そして肉体だけでなくメンタルも、ぼくは保つ必要がある。ほんとうならガラスケースに入れてトロフィーみたく飾っておくのが一番なんだろうけど、残念ながら生きた人間というのは一人にしておくとすぐに弱ってしまう。だから同期先の人間はそれなりに厚遇されている必要があった。パートナーを持つのも、ほとんど仕事みたいなもんだ。セロトニン、オキシトシン、ドーパミン。それらを適切な量分泌するのには他人が必要だし、他人とガラスケースの中では狭すぎる。

でもみんな、同期先のぼくといるということにすぐに耐えられなくなってしまう。重責というやつなのだろう。暗い顔をするぼくに、カグラさんは「君の思うような理由じゃないんだ」と断る。

「責任はあるし、毎日百枚も誓約書を書かされるのはうんざりだけど、そうじゃないんだ」

「じゃあどういうことですか?どういう理由であなたはぼくのところを去るんです」

誘惑に勝てそうにないんだ。カグラさんはうっそりと微笑む。

「君をどうにかするだけで世界じゅうの人類がめちゃくちゃにできるって思うと、平静じゃいられないよ」

自覚なかったけど、とんだアナーキストだったみたい。自分。カグラさんは堂々と反人類を宣言した。

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