英雄詐欺にご用心

「英雄詐欺被害者のみなさんはこちらの窓口になります〜」

カデンがめいいっぱいに声を張り上げている。待合室でうなだれていた少年少女がのそのそと顔をあげてカデンの顔を見ると、練った小麦粉みたいにどろどろした目が覗く。揃いも揃ってひどい表情だ。のそのそと二日酔い明けてないのかって足取りでカデンのほうへ集まっていくのを眺めながら、ぼくはカウンターに肘をつく。

「ひどい時代ですねえ」

「だから漫画やアニメは禁止にしろって言ったんだ」

「何言ってんです部長、そんなのとっくのとうになくなりましたよ」

「じゃあなんであいつらは我こそが魔王を討ち果たすべしだなんて意気込んじまいやがったんだ?」

部長が魔王と言う。しごく真面目な顔で。そしてそれは世界的に見てとってもあたりまえのことだ。だってぼくたちの世界には魔王がいるのだから。

ある日突然、ぼくたちのルールはぶっ壊された。つまり科学の法則を乱しに乱す道場破りみたいな輩が現れたってことだ。そいつは言葉もなくぼくたちの社会を横っ面からぶん殴り、そして一個の大陸まるまるを自分の住処に定めて人間を追い出してしまった。魔王、と自称したわけではないけれど、そのうち誰もがその災厄的存在を魔王と呼んだ。顔のない、大きな丸い体は人らしさのかけらもないけれど、彼は王だった。統べるものだった。地球という星には彼の手先が放たれ、今も人間と生存競争の真っ最中である。

ぼくたち人類は後退を余儀なくされた。つまり、ヒエラルキーのいちばんてっぺんから降りなくてはならなかったってこと。道具を握ってこのかた、人間という種はずうっと頂きに君臨してきたというのに、わずか半年で魔王にその座を明け渡すことになったのだった。

それからというもの、ぼくたちの生活はだいぶ質素になった。

流通という流通が途切れたからだ。そこには純粋な物質という意味だけでなく、電気やガス水道といったものも含まれる。水道管は破裂させられ、ガスはそこらじゅうで爆発し、電線はあやとり遊びのいい標的にされた。洗濯機も冷蔵庫も電子レンジも使えない生活。ぼくたちはまるきり中世に逆戻りしたような有様で生きている。コンクリートでできたビルの合間を麻の粗末な上下を着た人々が行き来しているのはちょっとしためまいを覚える光景だ。けれどこれが日常なのだった。

そんな中、最近ぼくたちを騒がせているのは、巷で噂の救世主詐欺というやつである。

英雄詐欺ともいうこれは、少年少女たちがターゲットにされたものだ。なんでも、美しい女性やミステリアスな男が、少年少女たちに「君こそが魔王を倒し、この世界を救う英雄だ」と声をかけるんだそうだ。夢見がちな年頃の少年少女たちはまんまとその口車に乗せられて旅に出る。残念ながら、戦闘訓練もまともにしたことがないようなこどもたちには魔王どころかそのへんのイノシシ駆除ですら難しい。そういう、勘違いしたこどもたちの末路がぼくたちの目の前にいる彼らというわけだ。足や手を折ってすむならまだいい方で、失明、あるいは欠損、人生そのものを棒に振るような大怪我や心的外傷を負う子だって少なくない。上役たちはそれを、子供達の漫画やアニメの見過ぎだとして禁止したのだけれど、人間の想像力なんてものは似たり寄ったりだ。勇者を知らなくたってそれを目指すことはできてしまう。可能性の想像の中はいつでも自分にやさしいことばかり。つまりフィクションと大差ないと言うことだ。

「彼ら、どうなるんですかねえ」

「保険はおりないよ。詐欺集団、そこらへんかなりきっちり書面に残してるって話だし」

「げえ……こどもの敵のくせに大人の味方」

詐欺集団がどうしてこんなことをしているのか、ぼくはしらない。もしかしたら本当にこどもたちの中から魔王を倒すものが現れると信じているのかもしれないし、あるいは遠回しな人間社会への復讐かもわからない。前途有望なこどもたちを再起不能にしてしまえば、人類社会は先細っていくだけだ。さて、何を考えているのやら。勇者に憧れる年頃でもないぼくは、つまらないとぼやきながら台帳を操るばかりだ。

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