アルファ・ケンタウリより死出るところの国へ

ぼくは毎日二度死ぬ。通勤のためだ。もちろん二度以上死ぬこともあるし、一度も死ななくていい日もある。

通勤にはワープが必須だからだ。人間が生きる場所を地球からアルファ・ケンタウリに移してからというもの、通勤という事象は大事業となった。何せ光の速さで年単位の距離だ。参勤交代だってもう少しマシな距離と時間だったのに、ただ日々の活計のためだけにその莫大な距離を跨ぐ必要がぼくたちにはある。

それを可能にしたのがワープ技術で、というかこの技術がなければアルファ・ケンタウリのテラテンフォーミングなんていうのは夢のまた夢だったはずだ。

「死ぬ死ぬうるさいよ、あんたはただ仕事に行きたくないだけでしょーが」

「通勤が憂鬱なんだ、通勤しちゃえばなんてことないんだよ……」

フクが腕を組んでぼくを追い出しにかかる。ぼくは口を突き出して言い訳をする。毎朝の恒例行事だ。

「その割に夜はサクサク帰ってくるよね」

「だってフルメタルデッドバイライブの最新が出たばっかりなんだもん……帰ってすぐやりたいもん……」

「ネットゲームにばっかうつつ抜かしてないでたまには金魚の水槽掃除でもしなよね」

本当は帰るのだって嫌だ、なんて言ったらフクは傷つくだろう。ぼくは知っている。アルファ・ケンタウリの住人は地球住まいに憧れつつも、心のどこかでアルファ・ケンタウリ在住であることに愛着や誇りを見出している。

ぼくは違う。

子供の頃、親が左遷になった。昔から連綿と続くありがちな理由でぼくは遠い遠い星に飛ばされた。両親はさっさとアルファ・ケンタウリに馴染んでしまった。ぼくだけが余所者だし、ぼくだけが本気で地球に帰ろうとしている。もう死にたくないからだ。

ワープ技術の話に戻る。長々した講釈はぼくには無理だから専門家に譲る。どうしてそれが死なのかを説明するなら、ワープというものは人間を目に見えない極小の粒子に還元することだからだ。分子よりは流石に大きいらしいが、顕微鏡でもギリギリのサイズ。そんなものに還元されてしまえばおしまいだ。

それをどうやって地球に送るかといえば、地球にあるゲートにぼくだった粒子の情報を送信し、再構築する。ここが謎なのだが、光すら年単位でかかるのに、情報の送信は一瞬らしい。そしてここにはお決まりの時間転移技術がたっぷりと使われている。つまり、今日ぼくだった情報は地球からすれば数年前にアルファ・ケンタウリから送信されていたということになるのだ。時間転移というより過去の改ざんだ。通勤しているとき、僕はある意味この宇宙に自分が同時に二人存在しているような気がしている。地球にいるぼくは本来であれば数年前にケンタウリを出発したぼくであり…これはほとんど一休さんじみた頓智か、そうでなければ戯言の中の戯言だ。

そして地球のぼくとアルファ・ケンタうりのぼくの間には連続性なんてものは望むべくもない。送信されているのは単なる情報であり、その情報をもとに地球で同じ構造の物体がその場で構築されるだけだ。時間的にもものすごく噛み合わない。それで連続性なんてちゃんちゃらおかしい。だから死だ。痛くもかゆくもない死。

ぼくがよほど鬱々とした顔をしていたのか、フクは腕を組んで頬を膨らませる。

「昔はねえ、豪速で走る鉄の塊でみんな通勤してたんだよ」

「ああ、車ね。鉄でできてたって、2世紀かそこらの間の話でしょ」

「その2世紀ちょっとの間にものすごい数の人が死んだのよ。なにせ百キロで走る鉄の車にぶつかられたら生身の人間なんて文字通り紙みたいなものなんだから。年間万単位で死んでたって」

ぼくはしみじみと感じ入った。ワープの事故など、開発初期に年に数回聞かれた程度だ。確定で死ぬが、その死はごくごくわずかにネジがゆるむような死だ。ネジそのものが折れてしまう死ではない。どちらのほうがマシだろうか、ぼくは考え込んだ。

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