リビング・バッド

雨後の筍のようにゾンビが頭をもたげるので芝刈り機でそれをなぎ倒していく。

「そっちはどうだ」

「もうすぐ上がりです〜」

百ヤード先から部長が拡声器越しに状況を問う。ぼくはそれに答える。全く順調だ。芝刈り機で狩られていくゾンビたちは汚い嗚咽をあげながらミンチとなり地面に散らばってびくびくと痙攣している。肉の塊が震えているのはなかなか生理的嫌悪を催す光景だ。

彼らが生前徳を積んだ善人であることに、ぼくはわずかな罪悪感を覚える。

黙示録に語られた時がやってきた。

青ざめた馬、ラッパの音色、巨大すぎるイナゴがどこからともなく出現して地上を満たした。

満たそうとした。

残念ながら現生人類はあまりにも技術を高めすぎており、脅威に対して用意周到すぎた。降り注ぐ硫黄の炎すら致命傷にはなりはしなかった。なにせ核の炎を警戒していた連中だ。全てを燃やし尽くし平等に死に還す暴力装置を待ち望んですらいた。それがエイリアンではなくて神さまの手先だったことは宗教者にはかわいそうではあった。どこぞの宗教家たちは現生人類の侵略ならびに虐殺未遂容疑で罪に問われているそうだ。かわいそうに。神さまが勝手に始めたことで、生きている人間には罪はないのに。

ビルを超える巨大な怪獣でもないし、インフレした能力を持つ怪人でもない彼らは人類によって処理されていく。中世のころの人々が考えた世界の終わりはぼくたち世代からして見れば残念なほど児戯に近しい。これは防衛戦争ですらなく、ただただ作業という他ない。駆逐されていく神さまの僕には誠に頭が下がる。

そうして問題になったのは復活してくる善き人々だった。

本来であれば、黙示録に歌われたあらゆるものがこの地上から生きた人類を殲滅し、そして永遠の命を与えられた人々が代わってそこに満ちる予定だったのだろう。だが彼らが住まう場所には残念なことに滅びを回避した人類が住んでいる。土地を巡っての終わりなき争いが始まった。イギリスのジョン失地王も真っ青なくらいの負け戦に神さまはどう考えていたのだろうか。

善き人々は地面から生えてきて、永遠の命がゆえにミンチになっても死ぬことができない。ぼくは肉片になった人々を回収してカゴにいれて出荷する。

工場に送られるんだそうだ。現代社会では燃えるものならあまねく資源なのだし、彼らは社会の燃料となる。

「永遠の命ということは、灰になっても生きているかもしれんな」

「うわあ、怖いこと言わないでくださいよ」

「怖いか?あれらが人間だから。ともすれば、あと百年これが遅ければ、自分がゾンビの側だったかもしれないことが」

「冗談!ぼくは永遠の命をいただけるほど信仰心は篤くありません。ただ、灰になっても復活すると考えたらぞっとしないでしょう」

「そうしたら便利じゃないか」

「何がです?」

「燃えても時間経過で復活する燃料だ。理想的な資源じゃないか。それなら今後この熱処理場での資源問題は全て解決だな」

「怖いこと言わないでくださいよ……どうしたらそんな怖いこと考えられるんですか……」

部長はあまりにも効率を重視するあまりに人間として大切な部分が抜け落ちてしまっている。ぼくはため息をついた。情操教育はぼくの仕事のうちには含まれていないはずなのだけれど。

「怨嗟の声と共に生まれるエネルギーなんてぞっとしないですね。それこそ祟りでも起きそう」

「まあいいさ。さっさと片付けてしまおう。人間の形をしたものなんて気が滅入るんだから、その分休憩は山ほどとらんといかんしな」

「部長は休みすぎですよ。じゃあぼくも作業に戻ります」

「ああ、頑張れよ。それと、」

匿っているゾンビの女は幼馴染か?管理局に締め上げられる前に自分の手でちゃんと処理しろよ。

部長はぼくの方を振り返ることすらせず、ひらひらと手のひらを振って消えていく。ぼくは目を離したすきにそこらじゅうからわさわさと手が地面から伸びてきていることに気がつき、芝刈り機の電源をいれた。


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