あなたが私のやとい主

ムラキさんは売春婦を百人買い乱交したあとで「これは私の誠実さの証明だ」とのたまった。

「はあ。そうですか」

女を買うやつは往往にして大義名分を求めるものだ。ぼくはこういった世迷言には慣れている。売春窟で金貸しをやっていると、そういう連中を一日に三ダースは顔を合わせることになるからだ。皆、自分の行いを正当化したくてたまらないのだろう。

ムラキさんはその中でもいっとう大言壮語がすぎる部類だ。やることも派手でこの人の周りにはいつも人が絶えない。まあぼくだって、もし友達にいたら話題には事欠かないだろうなとは思う。

「どうしてか分かるかい」

「いや、分からんです。はいこれ、質草の時計」

「おお、流れてなかったのか。助かった」

「なんだかんだ、金払いがいいときはいいですからねアンタ。優良顧客にはそれなりに融通しますよ」

ぼくの言葉に、ムラキさんはニンマリと笑った。人を食ったような、という形容がぴったりの底知れない笑みだ。

「金で雇われる連中なんぞ信頼がおけないという輩がいるだろう、ほら、傭兵とかに言う」

「はあ、そうですねえ。よく聞きますが」

「私に言わせるなら、そんなのは良くない。忠義がなんだ、ご恩と奉公なんて中世だぞ!未だに中世の価値観を引きずっているのはどうかと思うがね」

「それだけ不変の価値観ということでしょう」

「それなら傭兵業だって古代アテネから連綿と続く由緒ある職業だ。何、戦と命に関わる職業になると人はすぐに金の繋がりを厭う。それがなぜだか分かるか?」

「知らんです。っていうか、喋りたいならうちじゃなくてどこか他所でやってもらえますか。ぼく忙しいんですよこれでも」

行政非認可の売春窟はなんでもできる。そしてなんでもしたい欲望まみれの連中はこの世にごまんといる。世間は法律と倫理と道徳でギチギチで、だからこそその世間体からはみでた人間の汚い部分は金になって仕方がない。店長はいつも高笑いをしているが、それだけ儲かっているということだ。

「金を積まれたら裏切ると思っているからだ。だが逆に、金さえたっぷり出しておけば絶対に裏切らない。その点、忠義なんてものは脆い。相手を心酔させておけるだけの魅力が自分にあると過信している人間というのは私には恐ろしくてたまらないよ。人が人を信奉し、仰ぎ続けるのにはほとんど奇跡が必要だ」

「次のお客さん、どうぞ。ああ、これは無視して構いませんよ」

店の出入り口で立ち往生していた次の客を引き入れる。ムラキさんの異常な様子にまごついていたが、ぼくが声をかけると逃げてしまった。ちぇ。

「あんたがいると商売あがったりだ」

「その点、金はわかりやすい。払えば払うだけ仕事のクオリティが上がる。そういう信頼関係なら私は肯定するのもやぶさかではないがね」

ムラキさんはついにカウンターに腰掛けて長話をはじめる体勢になってしまった。これは今日はもう客入りは見込めないな。さっさと店を閉めてしまおうか。

「だが一点、金はとどまるという性質がある。もし十分な金を持ってしまえば、そいつは金以外の理由でどこぞの馬の骨に傾倒してしまうかもしれない。雇い主はそう不安に思うわけだ。だから私の浪費は誠実さなのだよ」

「おお、ちゃんと結論に戻ってきましたね。どこに行くのかと思ってました」

「ふふ、君がちゃんと聞いていることも織り込み済みだ。これも私が金離れのいい客であればこそだろう。どうだい、私が誠実だということがわかったかな?」

「分かりましたよ、神父さま。さっさと教会に戻ってくださいな」

「どうして君はそう私にすげないんだろうねえ。こんなにもいいお客であるのに。私は悲しいよ」

「世も末だからですよ。神父が毎晩乱交パーティだなんて。常々疑問だったんですけど、あんたのその金はどこから出ているんです。まさか信者の寄進とは言わないでしょうね」

「敬虔な子羊たちの寄付はちゃんと恵まれない子供達のために使われているさ」

私のこれはね、我が主、天にまします我らの神にいただいてるのさ。ムラキさんは嘘か誠か、としたり顔で呟き、胸元の聖遺物に唇を落とした。

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