百億人百億とんで一脚
「よし、やり直そ!」
ライラはカラッと笑い、そして自分の頭を撃ち抜いた。小口径とはいえ、まだ育ちきっていないこどもの脳みそをズタズタにするには鉄と鉛でできた塊というだけでじゅうぶんだった。ライラは脳漿と血を撒き散らしながらぼくの目の前で死んだ。
ひ、と喉から変な声が出た。ぼくは違うんです、ぼくじゃないんです。そう言いながら周りを見渡した。よりにもよって人通りのある夕方の繁華街だ。通りがかりの人は山ほどいた。そして先ほどの銃弾はそれなりに大きな音を出した。当然だけれど、大きな音がすれば注目が集まる。
たくさんの人がぼくを見ていた。
ものすごく冷えた目だった。信じられない、と呟く人もいた。何てこと、と怒りはじめる人もいた。ああ、そんな、と泣き始める人もいた。当たり前だ。人が死んでいるんだから。
人がやり直してしまったのだから。
連鎖的に、ぱん、ぱんと破裂音が続いた。ライラの自殺を見て、それに続いた人たちだった。ライラのいない世界で生きられない、とばかりに躊躇なく、彼らは自分の口に銃口をつっこむとなめらかに引き金を弾く。ぱん。ぱん。ぱん。ウェルテル効果なんてものがなくても、人の自殺は連鎖する。すくなくともぼくの生きる世界では。
というのも、やりなおしが効くようになってしまったからだ。そう、やりなおし。そのままの意味だ。嫌なことが起こった。なかったことにしたい。セーブポイントに戻ってもう一度チャレンジする。嫌なことをうまく回避できたら次のセーブポイントを目指す。
ゲームの話だ。
それがゲームの話でなくなった。
最初、人は喜んだ。倫理とか道徳とか社会的なことを言ったって、人間は結局自分が良い目をみたいし、他人ばかり良い目を見るのは許せない。だからやり直しに一人が手を出してからはあとはなし崩しだった。雪崩のように、津波のように、やり直す人は増えていった。
おかしい、と気がついたのはすぐだった。
やりきったはずの一日がまた始まってしまったのだ。やり直していないはずなのに、また同じ一日を過ごす羽目になった人々はまあ何かの手違いだろう、と最初は考えた。
けれどそれが何日も続けば不思議に思い、そしていやになるのも当たり前だ。
出口の見えない一日の繰り返しは、二、三回で終わることもあれば両手両足の指でおさまらないこともあった。何がそうさせるのか、ということに気がついたのは、皆がやり直しにくたびれきっていたころだ。
誰かがやり直してしまうと、みんなその道連れになってしまう。
時間の統合性の問題だと専門家は言った。やり直しの開発者でもあった彼はループの中でその法則を発見したという。大変な製品の不具合です。改修の手はずを進めております。
どうかみなさん、やり直しはなさらないでください。
偉い人はそう言った。そして記者会見の場で銃を取り出し、おもむろに自分の眼窩を撃ち抜いた。当然だけれどその日はもう一度ループした。同じ日、同じ時間にテレビに登壇した偉い人は「つまり、こういうことなんです。わかっていただけましたでしょうか」という言葉から会見を始めた。やり直しに参加していない人からすれば、彼は責められすぎて頭がおかしくなってしまったように見えたはずだ。
ぼくたちは彼が正常だと知っているけれど、ぼくたちこそが異常だと思われているに違いなかった。とはいえ、やり直しをしていない人たちは過半数とまではいかない。やり直している人たちの数とどっこいどっこいなのだから、おかしさとは何かという話にもつれこんでくる。この話はやめよう。
ライラがぼくの前で軽快に死んだということは、このループはやり直しが確定してしまったということだ。だからみんなつられて死んでいった。やり直しが確定した世界にこれ以上生きている理由がないからだ。そのせいで、周囲は死体の山に血の川が流れている。近くで人が倒れていた。おそらくやり直しに参加していないらしいその人は、ショックで青ざめた顔をしていた。
大丈夫、あなたはこの光景を忘れられますよ。心の中だけで問いかける。そこには幾分かの嫉妬が混じっていた。なにせぼくはこの地獄の光景を次回のループでも持ち続けなくてはならないからだ。
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