ギフト・インターセプト
才能、特にセンスと呼ばれるやつは外注可能になった。今ではカプセルを一錠嚥下するだけでほらこの通り、あなたもセンスの持ち主才能の塊に!
そう言って満を持して売り出した虎の子の才能薬は一過性のブームとともに下火になり、今やあらゆる媒体がぼくたちの作った薬に砂をかけている始末だ。
「史上最大の詐欺師、類を見ないほどの大ペテン、飲んだら発狂する毒薬……あーもー、ぼくたちはもう終わりですよ終わり!」
研究室に積まれた返品書とクレームの山に埋もれながらぼくは喚いた。スチーマーを口に加えてニコチン中毒の脳細胞を甘やかしているオリガは「わざわざプリントして楽しそうだね」と呆れた口調であげつらう。
まあわざわざ電子ファイルで届いたドキュメントを印刷して積み上げているのは単なる雰囲気作りでしかないのでオリガの言葉はもっともだ。
「でもこうしないとなんだかそれっぽさがないでしょ。やっぱ人間、物量で目に見えると実感するよね。ああ〜……ぼくたちは終わりです神様どうか助けてください。ぼくたち善良に研究に全うしていただけなんです!」
「善良じゃなかったからこうなってるんだろ」
「どこが!ぼくたち、法律に触れることなんて何もしてないですよ!なんならスピード違反とだって無縁です」
「それはお前が無免許だからじゃないか」
「その通り!でも前科がないという意味ではゴールド免許も無免許のぼくも同じです」
「一側面だけ恣意的に抜き出すのは悪手だと思うけどね。だからこんなことになっているんだろうし」
オリガはぼくがプリントアウトしたネットニュースのクリップを拾い上げるとまじまじと眺めてそんなことを言った。オリガはどこか落ち着いた雰囲気があるので、そうしているとぼくよりも数万倍説得力があってずるい。
「どういう意味ですか?」
「才能付与薬を作ったけどさ、きっと私たちの考えは間違ってたんだよ。誰も幸せになんかならなかったってことは、世界の見方がおかしかったってことだろう」
「才能が欲しいってみんな口を揃えていたじゃないですか。ぼくたちはそれを実現しました」
ぼくたちが作った才能付与薬というのは薬といいつつナノマシンの総体である。あらかじめ自分の希望する才能……それはセンスと呼ばれるような、物理的肉体に基づかない部分のみに絞られる……を設定し、パラメータを調整する。例えば絵が上手くなるためには視覚野と指先の運動制御系、そしてアイデアの源泉となるニューロンネットワークを活性化させるようにプログラムされ、ナノマシンは指定された通りに脳のあちこちをつついて回る。そうするとあら不思議、たちまちたくさんのアイデアが生まれ、さらにはそれが普段よりずっとうまく描けてしまうという仕組みだ。
本当はもっと細かいのだけれど、あくまで感覚的に説明するならそういう感じ。
「才能っていうのはさ、天賦のものであるべきだっていう信仰がきっとあるんだよ。もし薬を飲んでさ、そうしたら自分が愛した天才よりも良いものが作れてしまったとする。そうしたらきっと人は……」
「喜びますよ。自分がその愛した天才を超えたんでしょう?既存の天才よりも優れた存在が現れたなら分野やジャンルそのものが賑わいます!」
「前のめりにならないで。うん……そうだったらよかったんだよねえ。でも残念ながらそうはならなかったから、わたしたち返品書に埋もれてるんだよ」
オリガの言葉はいつも正しい。ぼくは納得がいかずにぶすくれてしまった。それでも反論らしい反論は思い浮かばない。オリガへの罵倒がわずかに二、三個口をつきかけるくらいだ。クレームの手紙を一枚拾い上げる。そこには憎悪に近いと思うような苛烈な恨み辛みが書き記されていて、ぼくはぞっとする。この薬は絶対に嘘で詐欺なのだと、そうでなくてはならないのだと、地獄の怨嗟をまとわせたような文体が明朝体の顔をして踊っている。
「結局、才能というのはたったひとつだけ。他人から愛されること、それだけだったんだろうね。愛された選手になること、愛された作家になること……それだけが、純粋に才能なんだろう」
「じゃあ、次は愛される薬を作ろうよ」
オリガは研究所がそれまでに爆破されなけりゃいいけど、と疲れたように笑った。
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