海賊のもつれ
海賊としてやる仕事のほとんどは人命救助だ。この頃の貨物船は軍と見まごうほどの武装をしていることがほとんどだからぼくみたいな初心者海賊が突っついたところでこちらが難破させられて海の藻屑となるだろう。文字通りの意味で。だから海に放り出された人々を拾い上げてその家族とか友人とかに法外な値段で売りつける。一昔前なら労働力なり臓器なりで人間そのものが金になったのだろうけれど、仕事のほとんどが機械化し、人工臓器の技術が試験官の中で人間まるまる一人ぶんを造れるようなレベルになってしまったこの時代、生きた人間の価値なんてものは暴落の一途を辿っている。
アナは今のところ最新の拾い物だった。
「あんただな、捨てた奴らを送り返してたバカは」
これがまたよく喋る。一応抵抗されては困るので引き上げて意識がないうちにマストへ括り付けておいたのだけれど、意識が起きるなり麻縄を引き千切らん勢いで暴れるのでぼくは困ってしまった。というか、
「あれ、誰かが捨てられてたんだね」
「陸から百キロ離れた大海原でちゃぷちゃぷ遊んでるとでも思ってたのか?」
「ビーチで遊んでたら流されたのかもしれないし」
「離岸流にも限度があるだろ!脳味噌入ってねえのか」
アナはぎゃあぎゃあと大声で喚いた。さっきまで溺れかかっていたくせに、よくもまあそんな体力が残っているものだ。
「それで、アナは君のためにお金を払ってくれそうな知り合いっている?」
「いねえよ」
「誰でもいいんだよ。意外とね、こういうのって全然親しくない人でも払ってくれるんだ。自分がお金を渋ったせいで顔見知りが不当な目に合わせられるのが倫理的に堪えるらしくてね。その場合、いわば君のためじゃなくて自分のためにお金を払うことになるわけ。自分が倫理道徳的に優れていることを、金で証明するんだ。面白いよね」
「ベラベラベラベラうるせえ!いねえつってんだよ!あたしは捨てられたんだ」
「何か悪いことをしたの?」
素朴な疑問を口にすると、アナは頭を抱えたいと言わんばかりにうなだれた。
「……こないだの海面上昇で、ついに残りの陸地面積は二%を切った。この星のたった二パーだ。生きてける人間は選抜されて、あたしは選ばれなかった。そんだけだよ」
選ばれなければ海のど真ん中に捨てられる。アナは言葉にしなかったけれど、言外にその事実を告げていた。人口の増減はこのご時世にあってまだ個人の自由に任されているから、年々減少していく土地面積を考慮してくれない。当然のように土地は足らなくなり、あぶれるものたちが出てくる。彼らはどこに行くのか?どこに行けばいいのか?それは結局、海ということになる。このご時世、あらゆる生き物はだいたい海に還る。海から出てきたわけでもないのに、帰る。
「……正直、お前は捨てられたを助けて回ってるもんだと思ってた。知らないでやってたんだな」
「まあここ何年も陸になんて上がってないからね。個人的にはそういうムーブメントなんだと思ってたよ。今、海のど真ん中がアツい!みたいな」
「やっぱ脳味噌湧いてんのか?」
「かもしれない。海の上は暑いよ……クーラーは船室にしかないし」
クーラー、という単語にアナは首を傾げた。電気で動く、空気を冷やす道具だと教えてやると、鳶色のひとみがくりくりと瞬く。
「驚いた。お前……本当に犯罪者だったんだな。とぼけてばかりだから、てっきり海賊ってのも厨二病みたいなもんだと思っていた」
地球温暖化の原因が化石燃料のせいにされて久しいが、海面上昇が看過できない大問題になるに連れて電気そのものも同様に憎まれるようになっていった。もっとも、温暖化の原因は地球の公転によるものであって、温室効果ガスの影響はそれに比べればずっと些細なのに。坊主憎けりゃ、の拡大版みたいなものだ。海が憎けりゃ電気も憎い。
「まあね。そりゃ海賊だもの。他人のものを奪うのが領分さ」
他人が我慢しているものを堂々と満喫するのが醍醐味だよ。それを聞いて、アナはカカと笑った。
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