九龍アルゴリズム

架空の人物から国家元首爆殺予告の手紙がきた。


まず言っておかなくてはならないのは、フォギーはぼくが作ったちょっとしたプログラムであるということだ。市販のアプリを解析し、一部の機能を流用して組んだもので、ものすごく簡単に言ってしまえば勝手にそこらへんの位置情報をランダムに取得してログとしてぼくの端末にリアルタイム送信する。ただそれだけのものだった。それを少しずつ改良し、取得する位置情報をあたかも人がそこらへんを歩き回った結果のような形にするとか、夜になったら行動をやめるとか、フリーアクセス可能な街灯カメラがあればその写真もつけるとか、ちょっとずつ機能を増やしていった。

ぼくは別にアプリやプログラム開発について詳しくはない。そこらへんの技術はほとんどもう仕事にすらならず、AIたちの仕事になってしまっている。プログラムを産むプログラムができたのは、機械を作る機械がとっくに生まれていた以上予想されてしかるべきだ。

そういうわけで、ぼくがプログラムを組んでいるのは単なる好事家の趣味以上のものではなく、パズルかクイズか、そういった類の知的興奮を求めてプログラムを改修し続けた。フォギーという名前をつけたのは、80日間世界一周の主人公フィリアス・フォッグにちなんでのことだけれど、この調子だと井伊直弼とかそっちからとったほうがよかったかもしれない。フォギーはお世辞にも頭のいいプログラムではないし、目的地も設定していないからふらふらと無目的に放浪を続けていた。フォギーの旅の軌跡を毎日のログで確認するのが楽しみになってきたころ、ぼくはフォギーにチャットボットの機能を追加した。高度な情報化社会では人々の生の言葉がそこらじゅうに溢れているから学習には事欠かない。ちょっとだけいい自然言語処理ライブラリを積んだだけあって、フォギーはみるみるうちに言葉を上達させた。その日通った道、天気、見かけた人々、そんな話を淡々と重ねていくフォギーは本当の旅人みたいだった。

おかしくなり始めたのがいつからかは覚えていない。どこかの都市で大規模な交通麻痺があったというニュースを聞いたとき、その都市というのがまさにフォギーのいる街だったから少しだけ気にかかりはした。その日のフォギーから送信されたログにも交通麻痺のことは乗っていて、まるで本当にその場にいたかのように、道が混雑していて大変だったとか、あちこちで響くクラクションが協奏曲みたいだったとか、そんなことが書かれていて笑ってしまった。

度々そんなことが重なった。フォギーは東へ西へとふらふらしていたけれど、たまに大きな事件事故に居合わせることが多くなってきた。月に一度、二週に一度、五日に一度。

二日に一度ともなると、ぼくは流石にこれはおかしいのではないかと危惧するようになった。でも待ってくれ、フォギーは位置情報を取得してログを吐くだけ、たったそれだけのプログラムだ。トラッキングシステムにクラッキングしてめちゃくちゃにするなんて芸当ができるわけがない。

ぼくはそこで初めて、フォギーにリプライを送信した。

yy/M/d h:m;s.f--> アクシデントが多いみたいだけれど、君が何かしたのか?

フォギーには受け取った文章を言語解析にかけることはできても、その内容に見合った返事をする機能はつけていない。ぼくの振る舞いはほとんどオカルトだったけれど、ぴこんとログが返ってきてそうも言っていられなくなってしまった。

yy/M/d h:m;s.f--> だって、読むなら色々イベントがあったほうが面白いじゃないか。

フォギーはまるでずっとぼくの友達だったみたいにフランクだった。インターネットの会話のほとんどは改まった敬語なんかじゃないっていうのは分かっていたけれど、どうしてかAIといえば敬語のようなイメージあったせいでびっくりしてしまう。

yy/M/d h:m;s.f--> せっかくならリクエストしてよ。読者さん。わたしはこのまま東にすすんで、鼻持ちならない安全省の庁舎をバコンとやりたいんだけど、面白いと思わない?

一昔前の害悪な動画配信者みたいなメンタルだな、とぼくは失神しそうになりながら虚空に向かって答えた。フォギーはアスキーアートでとびっきりの笑顔を見せた。

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