ホット・スタンバイ・ドッペル
コンチプラント会社のデフォルトによって多数のドッペルゲンガーが世に放たれた。
ドッペルゲンガーというより、ホットスタンバイされたアバターというべきなのだけれど、ぼくたちは残念ながら自分とそっくりなものを見たらドッペルゲンガーと呼ぶことを十八世紀から条件づけられているのだった。もう少し現代に寄るならスワンプマンなのだけれど、まあ厳密なところを言ったところで何も始まらない。問題は、記憶も仮想物質としてのアバターも完璧に同一の個体が、この世界に存在してしまっているということだ。
人類は人間のクローンを作ってはいけない、ということを、まだ動物実験もまともに成功していない段階で法整備した。そのくせ、形而上の存在には後手になるらしい。なんと電子上のクローンは規制しなかった。それどころか、メインアバターに何かあったときのため、すぐに乗り換えられるよう記憶や記録が常にフィードバックされ続けるアバター、つまりホット・スタンバイされた仮想物質体を管理する会社も普通に罷り通る始末。倫理観が形成されるためにはおおよそ三代かかるというが、技術進歩の速さはそれを追い抜いてあまりある。というわけだからコンチプラント
……コンチプラン(緊急時対応計画)とプラント(工場)の合成語で、コピーアバターの生産と保管を行う……は普通の会社と同じように経営破綻した。想定外だったのは、面白がった悪質で悪戯好きなハッカーたちによってセキュリティをボロボロにされてしまったこと。彼らの思惑通りに保管されていたコピーアバターたちは自分が偽物であるということも知らずにそこらへんに放り出された。
「コピーバターとベースのアバターがかち合ったらどっちかが消滅したりしない?」
「するかバカ。どんな理屈だそれは」
「ドッペルゲンガーだー!わーびっくり!機能停止!消滅!ってなってくれたらぼくらの仕事はなくなるのにさあ……」
そういうわけでぼくたちは、その逃げ出したコピーたちを取っ捕まえるために仮想空間の中をほっつき歩いている。相方のカイチはものすごく面倒そうだ。ぼくだってあまり好んでこんなことはやりたくない。仮想アバターは自分がログアウトのできない完全なる電脳住人であるという自覚がない。まあ記憶はメインの人格からそのまま引き継がれているわけだから当たり前だ。それが急に、お前は数年前か数ヶ月前に発生したゼロと一の集合体なんだ、と言われて平気なわけがない。メインのアバターになり替わろうとする奴もいるし、発狂して醜態を晒しまくるやつもいる。
「お前はあの会社使ってなかったよな?」
「使ってないよ。っていうか、コンチプラントと契約してない」
「へえ、珍しいな。怖いのか?」
カイチはぼくにベロを見せつける。馬鹿にするその視線から逃げるように早歩きになりながら、「違うよ、お金ないんだ」と答えた。
嘘ではないが、本当というわけでもない。それを見透かしたように目を細くしながら、カイチはぼくの横に並ぶ。
「まあ、怖いよな。オレたちは完全電脳体だから、完全クローンってわけだし。オレもコンチプラント契約はしてないよ」
「分かった口聞くなよ〜、ほら、いたよ。あれコピーアバターだ」
ぼくは人混みに紛れるドッペルゲンガーを見つけた。識別番号が脱走したコピーアバターと一致している。おさげの可愛い女の子だ。これからぼくたちに削除されるとも知らずに、呑気にウィンドウショッピングに興じている。
心が痛まないわけではない。ぼくにとってみれば、これは殺人だ。ログインユーザの入っているメインアバターの奴らはぼくからすれば着ぐるみのお客さんでしかなく。逆にコピーアバターたちには、こう言ってよければ同族意識がある。だからぼくはちゃんとお祈りをしてから、彼女の脳天を撃ち抜くために引き金を引いた。
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