そうやって火に飛び込むから夏の虫

カロリー、ダメ、絶対。ホログラムポスターにはデカデカとそんな文字が踊る。

「そっか、今日から強化週間だもんね」

「上からスウって落ちてくるの本当に辞めてほしい」

ビクってするんだよ、とオダカは物凄く嫌そうな顔でスワイプし、拡張視覚からポスターを削除した。ぼくもそれに倣う。こんなものに視界を塞がれていては、まともに道も歩けない。

「昔は禁止じゃなかったんだって」

「何がだよ」

「カロリー。それどころか、みんな普通に摂ってたらしいよ。それが娯楽だったんだって。昔の映像が禁止なのって、そういうシーンがありすぎるかららしいよ」

「はあ?そんなことあるかよ」

「こんな嘘つかないって」

ぼくが苦笑いすると、オダカは余計に疑ったように渋い顔になり、こちらにぐっと詰め寄る。

「お前、嘘とかじゃねーけど適当なこと言うだろ。昔の人は燃える棒を振り回しながら下を向いたまま歩いてたとか言ってたじゃん。あれ、結局間違ってたし」

「人間、だれしも間違いはあるよ。それを恐れてたら真の発見は難しいんだ」

「過去の発掘に真の発見もクソもないだろ。新しいもクソもねえじゃねえか」

「あるよ。ぼくにとってはものすごく新しいからね。温故知新は今も昔も正しい」

「はあ〜、いい子ちゃんめ。教師の靴でも舐めてろ」

そのとき、ぼくたちの前に珍しいものが飛び出してきた。薄汚れた男性アバターで、手の中には小包を抱えている。ぼくはあんまり驚いたので固まり、オダカは珍しそうに目を丸くしてやっぱりカチコチになっていた。

男性アバターはぼくたちの手に小包を押し付けると、バタバタと走り去っていってしまった。基礎視覚からも拡張視覚からも消えているあたり、法律違反レベルのスピードである。アバターの表情をじっくり解析したわけではないけれど、あの挙動で何かに追われていなかったら嘘だろう。

嫌な予感がして、手の中のものを見る。先ほどのアバターと同じ、ベージュともオリーブともとれないくすんだ色合いの布きれの中に何かがさがさ音のするものが包まれていた。

ぼくは、まさかなと思った。今日からカロリー禁止強化週間で、その広告を見たばかりで、その流れで現れた怪しい人物が何ものかに追われるそぶりをして押し付けてきた荷物。これで包みの中味をカロリー以外の何かで想像しろという方が難しい。とはいえ、先ほど現れた辻斬りのような人物はぼくたちの話の文脈など知っているはずがないわけで……むしろその文脈を知っていたほうが気持ちが悪いが……。

ぼくの葛藤をよそに、オダカはさっさと押し付けられた荷物を解いていた。ぼくの腕の中にあるのとそう変わらない見た目をしているそれがシュルシュルと衣擦れの音とともに解されて、中から現れたのは……。

「何これ、石?」

灰色のまるまるした何かだった。表面は随分と摩擦係数の低そうな光沢を放っている。手のひらだいよりわずかに小さく、歪んだラグビーボールみたいな形をしたそれは分厚いクッションの上でコロリと転がった。なるほど、一抱えもあるわりに軽いと思ったら。

「手紙が入ってる」

オダカがクッションの隙間から紙切れを取り出した。スキャンしてみるが、今時植物繊維百パーとかいう化石レベルの代物。四つ折りにされたそれをそろそろと開いてみると、謎の言語で何やら書かれていた。当然、現代語しかわからないぼくらにはさっぱり。オダカはにかっといたずらめいたえみを浮かべて言った。

「もしかしてこれ、食べられるかな」

「ダメだよ!カロリーの摂取は……ヨモツヘグイは!ぼくたち、燃えてなくなっちゃうよ!」

人類が電子の存在になってしばらく経つが、どうやら電子の世界では飲食というものを行ってはいけないらしい。理由は知らないが、その行為はヨモツヘグイと呼ばれている。噂によると、カロリーを摂取するとたちまち存在が熱量に変換されてしまい、燃えたつ青い炎になってしまうんだそう。そもそも食べるもの自体が駆逐されてるから見られることはないんだけど。

「いいじゃん、アタシ興味あるよ。燃えたらどうなるか」

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