ナマケモノが電池だったころ

この頃の電気はナマケモノから採れる。

そのまま、素直に言葉の意味を拾ってほしい。電気がナマケモノから採れるのだ。生体電気というやつで、完全とはいかないまでもかなりエコでクリーンなエネルギーなのだけれど問題はそれなりに倫理的なハードルが高いことくらい。とはいっても食べるために豚や牛や鳥やを飼育するのと電気を採るためにナマケモノを飼育することの間に横たわるなんとなくの忌避感は、切迫しすぎたエネルギー問題の前ではあまりにも些細だった。

畜舎の中でのったりと横たわるナマケモノの体をよっこいせ、と抱え上げる。接続された回路やらケーブルやらがもつれないように慎重に横へずらしてさっきまで毛むくじゃらが鎮座していたところに箒をかけて綺麗にしていく。ぼくたちの生活を支えるという意味では豚や牛なんかよりずっと重要な家畜なのだ。だって牛がいなくなっても豚を食べればいいけれど、ナマケモノがいなくなったらぼくたちは電気が使えなくんて困ってしまう。この牧場では地域の三割から四割程度の電力消費をまかなっている。

「ナマケモノたちはあ、実は人間って知ってたあ?」

「トロワ、まだそんな子供だましを信じてるの……」

「子供だましじゃないもん」

ぼくと同じ畜舎係のトロワがモップをぷらぷらさせながら給餌台の上に腰をかける。ナマケモノたちはぼくたちが口にろうとを突っ込んでドロドロの液体食料を流し込んでやらないと何も食べないから、給餌台はいつもピカピカだ。昔は乳牛を飼育していたというから、そのころの設備なのだろう。

「そんなこと言って許されるの、小学生までだよ……」

「みんな知ってるけど目を背けてるだけ」

「……はいはい」

飽きないなあ、と思ってぼくは会話を諦めてしまう。トロワにはちょっと妄想癖がすぎるところがあって、そのせいで周囲からだいぶ浮いているのだった。まあぼくだって人のことはいえたギリじゃないんだけれど……。

「学校でえ、怠けてばっかりの子はナマケモノにされちゃうんだぞ〜って先生から教わったもん」

「そっか、じゃあキリキリ働かないとトロワもナマケモノになっちゃうぞ」

「それは嫌〜」

渋い顔をしてトロワはせっせと足元をモップでかけ始める。牧場の外じゃあらゆるものが電化されてるっていうのに、とうの電気牧場じゃ古式ゆかしい自動掃除機の類も持ち込めないのだから歯がゆいものだ。ぼくはここにくるまで箒が魔女の乗り物以外の使いかたをできるなんて知らなかった。

ナマケモノを抱えて、元の位置に戻す。フサフサの毛に、つぶらな瞳。ここにいるのは遺伝子操作で木に登るための爪はついてないからコロコロ転がるか地べたに這いずる以外のことは何もできない無力な生き物。これを見るたびに、人間に幻滅すればいいのか創造主に悪態をつくべきなのか迷ってしまう。

「でもさあ、今は嘘でも、将来はほんとになっちゃうかもよ?」

「え?」

「みんな、怠け者がきらいでしょお。それが電気を産んでくれるならあ、きっと好きになれるし」

生き物から電気をとることの倫理はもう許容されてしまった。そこから先は階段だ。ぼくたちは大きなハードルの下に自分たちで足場を作っていく。ナマケモノの次が怠け者にはならないかもしれないが、犯罪者なら十分に有りうる。犯罪者を使うことで人間で発電することの倫理を許容すれば、なし崩しだろう。あとはぼくたち自身が電池になるまで秒読みだ。

ぼくはナマケモノを抱え上げ、そのごわごわした毛むくじゃらの体を撫でた。

「トロワはナマケモノになったら……電気はあんまりとれなさそうだな」

「む、それは失礼だな」

ぽこん、とモップの柄がぼくの頭を叩く。そこは勝手に自分を電池にするなじゃないのか、とぼくはなんとなく考えている。

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