革命の前はいつも圧政

幼いうちに忍耐を学ぶのは大事なので、こどもを拷問にかけている。

とても心が痛いけれど仕事なので仕方がない。ぼくは子どもを極端に空腹にさせたり、黒い烏を白と言えと言ってみたり、自分の悪いところを数えさせたりする。拷問と言ったけれど爪を剥いだり火で炙ったりなんてことは流石にしない。肉体的な痛みっていうのは見た目はとても派手なのだけれど、時間とともに目に見えて消えてしまうせいか長持ちしないのだ。それじゃ意味がない。

ぼくたちの目的はとうぜん、良い大人になるための教育ということになる。

大昔の偉い人が近頃の若者には忍耐が足らんと思いつき、こども虐めたさに多くの大人がそれに賛同した……のかはさておき。そんな穿った見方をしたくなる無垢な悪意と卑猥な善意に塗れた法案が通ってしまって未だにだれも止めやしないのだから大人って救いようがない。

そしてぼくも、そういう大人のうちの一人なのだった。

マジックミラーの向こう側に、一人のこどもが座っている。横にもなれないくらい狭い部屋で、自分の拳よりちいさな穴以外一筋の光も差さないそこはいちばんの優等生のための特別室だ。こどもの名前はユピテル。この子は遺伝子からして忍耐づよいことを運命づけられた子で、だからこそ一番酷いめにあっている。

人間というのは不思議なもので、ほとんど同じ境遇で育っても上を向く者と下を向く者に別れる。上を向くのがいいことというわけではないが社会としては下を向かれた挙句に他人に害を成してもらっちゃこまるし本末転倒だ。というわけで、こどもをいじめる時は個人の許容限度の範囲内で、というルールができた。その限度というのは遺伝子からおおよそが分かるらしく、ユピテルはその遺伝子検査で歴代一位に輝いた選ばれし者というわけだ。時代が時代なら聖人としてカレンダーに名前を掲げられていたタイプの人間。そのせいか、ユピテルの担当官に成りたがる奴はいない。将来奴が聖書に名前を並べる時に迫害者の筆頭に挙げられたくないからだろう。そうしてぼくのところにまでお鉢が回ってきた。

ユピテルはあの小部屋に閉じ込められてそろそろ一週間になる。可哀想に。並のこどもどころか、大人でも発狂しかねない。

ぼくは思う。こんなの、ぼくならとっくに限度を超えている。周りの人間を恨むし、人間以外も恨むし、大人になったらすぐに自分をそんな目に合わせた連中を殺して回るだろう。ぼくの遺伝子なら、周りを許すなと喚き叫びがなりたてて何もかもを壊すことをぼくに強いるだろう。

けれど、ユピテルの遺伝子はぼくとは違う。

マジックミラーごしだというのに、ユピテルと目があった。それから、緑の目がふにゃりと柔らかく細められる。そこに怒りはなく、憎しみはそもそもこどもの世界に存在しないと言わんばかり。

ぼくは思わず、スイッチに手を伸ばしている。小部屋に収監されているこどもが暴れた時鎮静化させるため、そして懲罰のために取り付けられている固定式スタンガンが起動し、電撃がユピテルに向かって放たれた。幼い体には強すぎる電圧がユピテルの体を風に舞う花びらのように踊らせる。

ぼくは祈っている。ユピテルがぼくたち大人を許さないことを。いつかこどもたちを率いてこどもを虐げるぼくたちを滅ぼしにやってくることを願っている。だからぼくはユピテルを歪めなくてはいけなかったし、万が一にも「今の自分があるのはあの時忍耐を教えてもらったからです」なんて言えないようにすることしかできなかった。

けれど残念なことに、ユピテルは聖人になることが約束されたこどもだった。電気ショックで放心し夢見るようなまなこのどこにも、ぼくを恨みぼくを血祭りにしようという、薄汚れて俗っぽい嫌悪なんて見つからないのだった。

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