プルガトブルクの罪たちへ

何よりもまず被害者が必要だった。


夜間受付は人でごった返していた。皆が皆入国したがって列を成している。鉄条網の外側はぽつぽつと誘蛾灯に照らされて時折バチバチと不快な音を立てるのがいやに耳につく。人々はだれもが声を潜めているからだ。

ぼくは嘆息し、隣のワズは満足そうに踏ん反り返っている。いつもは淀んでいる目が僅かに輝いているように見えるのは気のせいか、あるいは白熱灯のせいか。

「多様性っていうのはいいねえ。こうやって弾き出された人々を見ると、そう思わずにはいられないよ」

「声がでかいですよ。聞かれて困ることをそうやすやす口にしないでください」

「何故?私は多様性を賛美しただけだ。ヒューマニティ最高、人権最高、自由意志最高」

「その軽薄な口ぶりがもうだめなんですよ。明らかに人をばかにしてる」

ワズはンハハと奇妙に笑う。ぼくのため息は深くなる。

「被害者はどうするんですか」

ぼくは尋ねる。目下いちばんの悩みだ。ぼくたちには被害者が必要だった。

ワズが建国したのは今から三年前で、先月まで国民はぼくとワズの二人しかいなかった。当然国連どころか国際社会のどこもぼくたちの国をまともに国と見做しているところなんてない。砂漠のど真ん中に砂と僅かな緑があるだけのここにどうして人が来るものか。ぼくは二人きりの国のままで全くよかったのだけれど、ワズは違った。そもそも建国するだけのバイタリティがある人間である。私財を投じて街を生やすだけでは飽き足らず、街ができたらな人の誘致だなとか宣い始めた。マインクラフトの次はシムシティというわけ。その次がCivでなければいいのだけれど。

産業もロクにない国にどうやって人を呼ぶんですかと尋ねると、ワズは唐突にこんなことを言った。

「前々から、この街に名前をつけるなら煉獄がいいと思っていたんだがどうか」

ついに頭が沸いたかとぼくは疑った。ぼくは無罪だ。だってだれが好き好んでそんな街に来たがるんだ。けれどワズは国家元首の地位を濫用し、首都かつ唯一の街にプルガトブルクと名付けた。城なんてないくせに。これでもうこの街には観光客どころか行商人さえきやしないだろうと涙に暮れるぼくに、ワズはさらにとんでもないことを言い出した。

「この国の産業は浄罪にしよう」

そうしてぼくたちの国は煉獄ということになった。たったひとつ打ち出した広告にはデカデカとこんなことが謳われている。"あなたの罪を清めます"。もうめちゃくちゃだ。ぼくもワズもまともに神仏精霊を信じてないっていうのに。涙を流しすぎて干からびるぼくにワズは水を差し出しながら続けた。

「世界の罪びとを受け入れるのさ。人を加害することでしか満たされない人たちをここに呼ぶんだ。社会は多様性の時代だから、そういう連中は必ずいるし必ず声をあげて必ず爪弾きにされる。そういうのを呼ぶんだよ」

果たしてワズの目論見は成功し、ぼくたちの街の受付は罪を犯したくてたまらない人たちでごった返している。ぼくは咽びないている。

「この街には被害者がいません。圧倒的に足りません。ぼくくらいしかいないですよ」

なげきながら、ぼくはきっとこう言われるのを待っている。罪人たちは己らで殺し合うのだと。罪を罪で灌ぐことがこの街が煉獄たる所以なのだと。けれどワズはぼくの懇願する視線をまったく無視して微笑んだ。

「そうだね。だから、頑張ってくれたまえ」

ぼくはワズの腹に肘鉄を叩き込んだ。これくらいは許されてもいいはずだ。罪で罪を焼くぼくたちの煉獄にはお似合いの始まりだった。

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