Ms.FOAF
ヒユリは都市伝説の正体だ。
うん、そう。今世紀にもなってまだ、ぼくたちは都市伝説を克服できてないんだけど、ごめん、それは置いておいて。ぼくが言いたいのは、ヒユリが都市伝説として世間を賑わせているということだ。動画配信サービスのトップチャートは全て「座り女」の話題で持ちきりだ。
「ヒユリ、今度は座り女だって?」
「……」
回線が落ちた時のMMDみたいなギクシャクした動きでヒユリが振り返り、それからまたギクシャクと元の正座に戻る。投げかけられたその視線には明らかな非難の色が灯っていたが、口に出さないで意味深に沈黙してしまう所が都市伝説扱いされる所以であることを彼女はわかっているのだろうか。
ヒユリはパチン、と碁石を置いた。と思うと油の足りないブリキ人形みたいに立ち上がって先ほどの自分の正面に座り、腕を組んで考え始める。一人囲碁なんて楽しいのだろうか。あるいは、囲碁というのは宇宙であるとごこかの漫画で読んだ。ヒユリは今宇宙と対峙しているのかもしれない。
「で、どんなバグだったんだい、この間修正したのは」
この世界にはバグが存在する。あたかもアプリやゲームの不具合のように。例えば『風ヶ咲公園の噴水の前でメントスコーラを飲みながら素数を百個数えると着ている服の色が変わる』とか、あとはよく知られているところだと『マンションのボタンをある一定の順番で押すと異世界にいける』とかもバグのうちのひとつだ。
ヒユリは言ってみればデバッガーの仕事をしている。異世界エレベータなどは十階建て以上のマンションの多くが条件に当てはまるものだから、ヒユリと同じようなデバッガーの人たちが日夜改修して回っているのだという。
都市伝説の多くは、そういう世界のバグに関わっている。ものすごく早く走る老婆もある一定年齢の女性の摩擦係数が下がってしまうというバグだし、口が裂けている女は早口である言葉を五回繰り返してから宙返りしてりんごを齧ると口周りのモデリングが狂ったホログラムが無限に特定ワードを繰り返すというバグだ。
おそらく神様は世界を作ったはいいものの、ロクにバグをとらなかったのだろうとぼくは確信している。それでいうと、イエスや星人たちの奇跡なんかもこのバグを利用したものだったんじゃないかと勘ぐってしまう。使えないアイテムを欲しいものに変えるチートっていうのは、まあ言いたくはないけどよく見かけるものであるのだし。本来なら移動できないはずの水の上を歩けてしまうのもそれっぽい。
紀元前はもとよりひと昔前ならいざ知らず、科学の発達した今世紀において世界のバグなんて例外が衆目に触れるのはちょっとまずい。ヒユリがデバッグに精を出しているのはそういうわけなのだった。
白石をどこに置こうかと盤上を注視したまま、ヒユリが口をのっそりと口を開いた。
「座り女は……」
「うん」
「空中に……座る女の子の噂……この前バグを直すために……”空気椅子”を使ったから……それを誰かが見ていたんだと思う……」
「うんうん」
「それで……座り女は自分が見られたことに気がつくと……」
「気がつくと?」
「スカートを覗いたでしょって……怒って……相手を殺すらしい……」
ぼくは堪えきれず大声を出して笑った。ヒユリはパチンとこ気味いい音を建てながら白石を置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます