食べたらだめとは言ってない
今月の学級目標は、クラスメイトを食べないことに決まった。
委員長は黒板上の電子パネルに飾るためのロゴをこちゃこちゃといじくりまわしながら、「そんなこと言わなくてもやらないのに」と不満そうに唇を尖らせている。
「誰でも守れることっていうのが大事なんだよ。これでもし、誰も遅刻をしない、とかにすると」
「すると?」
「遅刻したやつのせいで学級目標が未達成になってぼくらの評価が下がる。連帯責任だ」
「ううん、否定はできないかも」
「そうすると遅刻してきたやつを責めるやつも出てくる。遅刻してきたやつは逆ギレするかもしれないし、塞ぎ込んで学校に来なくなるかもしれない。どっちにしろ、さらにぼくらのクラスの評判は下がる。下がりまくる。そしたらぼくら揃って放校だ」
「流石に悲観的すぎない?」
委員長はくすくすと笑う。手元ではグラフィックソフトでポップにレタリングされた標語が踊っていた。今月の目標、クラスのなかまを食べない!オレンジと水色が目に鮮やかなそれはちょっと子どもっぽくて委員長らしいといえば委員長らしいなとぼくは思う。
「放校になったら、それこそぼくらが食われる側だよ。悲観的で慎重なくらいで丁度だと思うけど」
「見るからに大人じゃないのに、食べようとする人なんているかな?」
「むしろ、みんな子どもを食べたがるからこうやってわざわざ隔離してるんだろう?誰も子どもに手を出さないならわざわざあんなに高い壁も作らないよ」
ぼくは窓から見えるコンクリート壁を指差した。学校と、学生たちの住まう校下町をぐるりと取り囲むようにして、中世の砦もかくやとばかりの古めかしい壁が立ち並んでいる。
「ねえ、知ってる?」
委員長が声を低めた。合わせて、ぼくも体を寄せる。
「昔のひとって、人間を食べなかったんだって」
「え、じゃあ死体ってどうしてたの?」
「焼いてたらしいよ、木の箱に入れて、釜でごうごう火にくべて」
「ローストしてるじゃん。やっぱ食べてたんじゃないの」
「食べてないんだよ、それが。むしろ人を食べるとね、それは殺人っていう罪に問われて、自分が殺されちゃうんだって……」
野蛮だよねと言わんばかりに委員長が自分の肩を抱いた。ぼくは怖いとは思わなかったけれど、ひとつ思い出したことはあった。
「でも昔の漫画で、君を食べちゃいたいってセリフがあったよ」
「あ〜、じゃあやっぱりただの都市伝説だったのかな」
委員長は真面目なように見えて、ちょっと異常なまでのゴシップ好きだ。いつも持ち歩いている手帳には自分の予定の十倍、どこかで聞きかじった与太話が書き込まれている。
その時、ドタドタと騒がしい足音が廊下のほうから響いてきて、ぴたりとぼくらの教室の前で止まり、バコンと凄まじい破壊音を轟かせてドアが開いた。
「聞いて!今日の昼食、イドリ先生だって!」
「本当?わあ、楽しみ!」
イドリ先生は中肉中背の、いかにも赤身が固そうな男性教諭だ。委員長は本心から喜んでいるところを見るに案外玄人好みらしい。それよりも、
「委員長、いいの?」
「え、何かな?」
「イドリ先生、ぼくらの担任だけど……学級目標、どうする?」
「あ」
机に投げ出されたノート型ディスプレイには「クラスのなかまを食べない!」というポップロゴが踊っている。委員長は腕を組んで五秒間目を閉じ、それからパタンとノートを閉じた。
「食べちゃいけないのは、クラスメイトだから。先生はクラスのなかまだけど……クラスメイトではないから」
委員長は将来政治家とかが向いていそうだなあ、とぼんやりそんなことを思った。
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