ビックバンから数えて
ビッグバンが起きてはじめに発生したのはピザだった。その次がハンガーで、それからアスピリン。
それがサンの唱える宇宙の起源というやつだった。当然だが、どんな文壇も論壇もサンを出禁にして久しい。自分たちがごく真面目に素粒子やら三体問題やらに取り組んでいる横で、幼稚園児もびっくりのトンデモをぶちあげられたらたまらない。そして民衆というのはだいたいそういうのが大好きだから、サンはちょっとしたタレントとしてあらゆるメディアに引っ張りだこにされている。ついでにぼくも。
というのも、サンの言葉はエキセントリックだが常人が理解するには高度すぎるのだ。抽象画には往往にしてキャプションと音声ガイドがつきものであるように、解説役が必要だった。ちょうど職を探していたぼくはまんまとそこに収まったというわけ。とはいえ、ぼくも完全にサンを理解したわけではないから話の半分はその場でぼくが考えてそれっぽく仕立てているにすぎない。サンは自分の理論が誰に受け入れられて誰に拒まれて誰に笑われてなんてことを気にしたことがないから、当然ぼくがどれだけ適当ふかしてもこれっぽっちも怒らない。それどころか気がついてすらいないかもしれない。
「ストローはビックバンから何番目なんだい?」
「八二正七六一八澗九九二三溝一二一穣四五九七垓八三四四垓一八二四京六六一一兆七二三四億一四五八万二五一九番目」
「じゃあピンボールの次だ」
「違うよ。ピンボールとは七億とんで三も離れてるよ」
「あれそっか、ごめん。ストローの次は本当はなに?」
「みかん」
「みかんか」
「温州みかん」
「温州まだなかったのに?」
「温州みかんが先。温州があと」
「ううん、世紀の大発見」
当然、サンの大発見を真に受けている人間などロクにいない。テレビだってサンのことをキテレツ電波ちゃんとして面白がっているだけで、どちらかといえば絶対失敗するマジシャンを見て笑うようなものだ。真面目に科学を聞きたいのなら放送大学を見るべきなのだし。
けれどぼくはサンの宇宙を信じている。というのも、ぼくはその生き証人でもあるからだ。
ボルツマン脳のパラドクスという思考実験がある。
これは簡単に言うと、宇宙のビックバンが発生し色々あって人類が生まれピザが作り出される確率よりも、そのピザと全く同じ分子構造の物体がビックバンから誕生する確率の方が高いというパラドックスだ。
そしてぼくは実をいうと、そのビックバンで生まれた人間だったりする。宇宙空間に突然脈絡もなく発生したのだ。あと僅かでも宇宙探査艇に見つかるのが遅ければ、ぼくは地球から云万光年も離れた宇宙の田舎で不審死をする身元不明の人間の死体として処理されるところだった。ぼくの豪運は、ある意味では持って生まれたものでありアイデンティティそのものと言っても過言ではない。何と言っても、ぼくの分子構造はピザよりかはちょっとばかし構造が複雑なわけで、ピザが自然発生する確率よりぼくが発生する確率のほうが、それこそ天文学的なレベルで低い。
「じゃあぼくの前は何?」
「灰色の靴下の右かたっぽ」
「靴下」
「アルパカ毛の」
「アルパカ」
サンの言葉は嘘みたいだが、ぼくは信じている。ぼくの前に生まれたアルパカ毛の靴下も、きっと信じてくれているだろう。よく知らないけど。
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