ヘンゼルのパンくず

天国への道を塞ぐためにサボテンを焼いている。


サボテンを燃やす光景は焼畑農業というよりかは、家中のろうそくに火をつけて回る感じだ。とはいってもサボテンというのはそのおよそ八割が水だから、それが真っ黒な燃えかすになるまでぼくたちは火炎放射器のトリガーを押しっぱなしにし続けなくてはならない。

「せんぱぁい、暇なんスけど」

「そうか」

「ちょっとくらいおしゃべりしたっていいでしょうが」

「焼いた砂を飲ませたら人間の声帯ってうまいこと火が通ると思うんだが、どうだ」

「猟奇的〜、映画監督にでもなったらどうスか」

「黙れって言ってるんだよ」

ぼくたちはサボテンを焼く。人間の水分量は六割だから、サボテンなんかよりずっと焼くのがかんたんだと思う。や、まあやったことはないんだけれど。

ぼくたちがこうやって点々と、何かの道しるべのように立ち並ぶサボテンを焼き続けるのは、天国への道をなくすためだ。というのも、天国はついこのあいだ入場制限がかかってしまった。いのちという概念が発生してからこのかたの死者たちが詰め込まれているのだからいつか満杯になってしまうのはわかりきっていたので、どちらかといえば「よくもったほうだね」と讃えるべきなのだと思う。

そういうわけだから、ぼくらは天国への道を塞いでいる。こんな砂漠のど真ん中を通ってまで天国を求める連中には申し訳ないけれど、死者の国は早い者がちなのだ。ヘンゼルとグレーテルの残したパンくずをせっせと啄む雀にでもなったような気持ちだった。腹は膨れないけど。

「せんぱぁい、本当にこの道って現世に続いてるんスか?」

「知らん。ただ、ここから死者が天国に入ったという例があった」

「どんな気持ちで歩ったんですかねえ、こんなとこ」

見渡す限りの砂漠は、地平線でぱっきり大地と天空とに別れている。その間に立つと、体が天と地にそれぞれひっぱられて、まっぷたつになってしまいそうな恐ろしさがあった。雲ひとつない青い空は無機物めいていて、天頂から地平に下るにつれて色が淡くなって行くのも金属光沢のような冷たさを帯びている。とはいえ太陽は暑いのだけれど。

サボテンを焼く。天国に通ずる道を閉じる。

当然だけれど、ぼくらは天国には帰れない。火炎放射器だけを持たされて現世に放り出されるのは、ちょっとした刑罰みたいなものだ。ぼくと先輩はなんの罪も犯していないが、強いて言うならクジにあたってしまったという罪かもしれない。ひどい話だよまったく。

「せんぱあい、現世まであとどれくらいですかあ」

「生きてる人間に会ったら現世だ」

「ぼく、死者と生者の区別つかないっすよぉ」

「殺して死んだら生者、死なないなら死者だ」

「結局死者しかいないじゃないスかあ」

なんて笑ったけれど、きっとぼくたちはそうするだろう。もし次に会うのが犬であったら見逃すかもしれないけれど、人間だったらまず間違いなく焼いてみる。そしてどれだけ現世に近づいたかを知る。

あせをだらだら垂れ流しながら、ぼくたちサボテンを焼く。振り返っても天国はもう見えないし、だからといって前にも街は見えなかった。

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